研究課題/領域番号 |
15K01399
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研究機関 | 日本福祉大学 |
研究代表者 |
松原 貴子 日本福祉大学, 健康科学部, 教授 (30294234)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 疼痛緩和 / 運動 / 慢性痛 / 運動療法 / リハビリテーション |
研究実績の概要 |
健常者を対象とした身体運動による疼痛緩和(exercise-induced hypoalgesia: EIH)メカニズムの解明を目的とし,トレッドミル歩行と下肢エルゴメータペダリングによる末梢・中枢性疼痛感受性,気分,自律神経活動の変化について調べた。なお,中枢性疼痛修飾機能は,購入予定であった簡易型脳波によって推察されるものよりも,dynamic quantitative sensory testing: QST(Temporal summation: TS,Conditioned pain modulation: CPM)による検証の方が神経生理学的に信頼性,妥当性が高いことが判明したため,脳波解析からQST解析へ切り替えた。また,同じ運動タイプ(エアロビック)であっても,EIH効果は運動強度に依存することを示唆する論文が増えたため,運動強度を低強度だけでなく中~高強度まで振り分けた。 ①トレッドミル歩行(40%HRR,60%HRR,75%HRR/15min,各N=19):低・中強度で上行性の侵害受容入力の増幅や中枢性感作を反映するTSが抑制され,低強度ほどその抑制効果は持続する一方,CPMは侵害刺激入力を下行性に抑制する中枢性疼痛抑制作用を反映し,その効果は持続性を含め高・中強度運動によって著明な増強を示した。 ②下肢エルゴメータペダリング(40%HRR/15min,N=10;50%HRR/20min,N=20):低強度ではCPM効果を認めず中枢性疼痛抑制系の関与は明らかでないものの,末梢性の痛覚感受性の軽減は非運動部を含め全身性に運動終了15分後まで持続,また,自律神経応答は運動中にのみ認められEIHとの相関を認めなかった。一方,中強度では広範な痛覚感受性が軽減し,TSが抑制された。脳波は運動後にα1が右側優位に変化しα2が増大,気分は爽快感とprofile of mood states(POMS)の活気が増大,緊張と抑うつが低下した。 以上よりEIH効果は,低強度で上行性疼痛促通系の抑制により,高強度になれば下行性疼痛抑制系の賦活によることで,中枢性疼痛修飾機能を介する機序が示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初の計画以上に進展した点として,運動強度を低~高強度に振り分けたことで,対象数を増やして比較検討できるデータ採取が行えた。また,当初,痛みに関する評価項目として痛覚閾値(末梢の痛覚感受性を反映するstatic quantitative sensory testing: QST)のみを挙げていたが, dynamic QST(Temporal summation: TS,Conditioned pain modulation: CPM)を加えることで,中枢性疼痛修飾機能の関与を検討することが可能となり, EIHの中枢を含む神経科学的メカニズムを解明する途に就くことができた。 一方,当初の計画を変更した点として,最新学術論文の検索および国際学会(国際疼痛学会ヨーロッパ連盟学会EFIC2015,Austria)への参加・討論により,下記のとおり評価項目を変更し,標準的に実施されるようになってきた解析方法を導入した。当初購入予定であった簡易型脳波では運動中の脳波解析が困難である上に,最近,中枢性疼痛修飾系の機能解析にはdynamic QSTが主に用いられ神経科学的メカニズムの検証が進められるようになったことから,脳波解析からQST解析へ切り替え,EIHの中枢性疼痛修飾メカニズムの検証を行うこととした。また,先行研究では,同じエアロビック運動であってもEIH効果は運動強度に依存することを示唆する論文が多い一方,それらの方法(運動処方)は一致していないために効果の比較検証が難しかったことから,同実験系にて運動強度を低強度だけに絞らず中~高強度まで振り分け,比較検証することとした。
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今後の研究の推進方策 |
本研究課題の今後の推進方策として,現在,平成29年度計画であった慢性痛有訴者を対象としたEIHのパイロット研究も既に開始しており,その対象者を増やし,運動方法(運動タイプと運動強度)を振り分け比較検討を進める。 研究計画の変更として,平成28年度の当初計画では運動イメージによる疼痛緩和(motor imaging-induced hypoalgesia:MIIH)について健常者を対象に検証する予定であったが,EIHを臨床応用するためには,acute exerciseの即時効果だけでなく,chronic exerciseによる治療としての長期効果の検証が必須であり,数週間の長期運動負荷によるEIH効果検証を先に進める必要がある。現在, 2週間の運動(タイプ:エアロビックvs.アイソメトリック,強度:低強度vs.中強度)のEIH効果について,健常者および慢性痛有訴者を対象としたパイロット研究に着手しており,この成果をまとめるには1年を要する予定である。 研究を遂行する上での課題として,疼痛修飾系の機能解析には痛覚感受性計測装置が必須であるが,上記の複数プロジェクトを遂行するにあたり,多数の対象をある一定環境(同季節・気候)内でデータ採取しようと思えば,現在の計測装置数では全く不十分であり,その対応策として,精細なQST評価のために,国際的に広く用いられている痛覚感受性計測装置の追加購入を予算内で検討している。
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次年度使用額が生じた理由 |
EIH効果判定において,これまで個人所有のプッシュプルゲージ(RX-20,AIKOH社)を使用してきたが,近年,当該年度に購入した痛覚感受性計測装置(Algometer type II,SBMEDIC Electronics社)を用いたより精細な痛覚感受性の量的解析および中枢性疼痛修飾機能解析が世界的に求められている。今年度の国際学会(EFIC 2015)においても,この領域を牽引するGraven-Nielsen T博士(Aalborg大学,デンマーク)が多数のシンポジウム等で本装置を用いた疼痛緩和の神経メカニズムについてデータ公開・レビューを行っており,加えて高いIFの疼痛関連ジャーナルにおいても本装置のデータが解析に供され論述されている。よって,国際的に競争可能なデータの公開を目指すためには本装置による精細な疼痛評価が欠かせない。そこで,当該年度に緊急措置として本装置を購入し,実験プロトコルを確立したうえで,次年度に複数プロジェクト推進のため追加購入を計画した。
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次年度使用額の使用計画 |
当該年度に購入した痛覚感受性計測装置の実験プロトコルが確立できたため,すでにパイロット研究として着手しているchronic exercise:数週間の長期運動負荷(タイプ:エアロビックvs.アイソメトリック,強度:低強度vs.中強度))による治療としての長期的なEIH効果の検証を健常者および慢性痛有訴者を対象として推進する。この複数プロジェクトを多数対象に一定環境(同季節・気候)内で実施するために,痛覚感受性計測装置(Algometer type II,SBMEDIC Electronics社)を予算内で1~2台購入し,さらにデータ採取・解析を加速させる。
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