本研究は日本における若年層の食生活の欧米化による飽和脂肪酸の摂取量の増加と、これに伴うω3系多価不飽和脂肪酸(ω3PUFA)の摂取量の減少を背景にしている。胎内環境が成人期の健康状態に影響を及ぼすことが示唆されており、妊娠期から授乳期に母親が摂取する油脂由来の脂肪酸は、エピゲノムに影響を及ぼし成人期の疾患発症に関与する可能性がある。そこで母体の食事性脂肪酸の摂取が、児の肝臓におけるDNAメチル化によるエピゲノム制御に及ぼす分子メカニズムについて検討した。 妊娠16日目より授乳期にわたり母獣マウスに、飽和脂肪酸に富む高脂肪ラード食、またはω3PUFAに富む高脂肪魚油食を摂餌させ、その産仔の乳仔期と成獣期における表現型と肝臓の遺伝子発現、DNAメチル化状態を網羅的に検討した。その結果、高脂肪ラード食に比べ高脂肪魚油食では、乳仔期の肝臓においてDNA 脱メチル化を伴った遺伝子の発現が増加しており、特に脂肪酸β酸化に関与する遺伝子が多く認められた。分析により母乳中の脂肪酸は母獣が摂取する食餌性脂質に大きく影響を受けており、EPAやDHAなどのω3PUFAは高脂肪魚油食を摂取した場合のみに母乳に含まれていたことから、母獣の食餌に由来する母乳中のω3PUFAが栄養シグナルとして働きDNA脱メチル化を誘導し遺伝子発現を増加させることが示唆された。さらにDNA脱メチル化を伴う発現増加した遺伝子のパスウェイ解析より、PPAR結合モチーフが検出されたことから、PPARを分子標的としたDNA脱メチル化による発現制御の可能性も示唆された。またこの乳仔期における脂肪酸β酸化関連遺伝子のDNA脱メチル化は成獣になっても維持されていた。食事由来の栄養素である脂肪酸が母乳中に分泌され、器官が未成熟な乳仔期において、特定の代謝経路におけるDNA脱メチル化をひきおこすことが明らかになったことは意義がある。
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