研究課題/領域番号 |
15K01783
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研究機関 | 甲南女子大学 |
研究代表者 |
梅崎 高行 甲南女子大学, 人間科学部, 准教授 (00350439)
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研究分担者 |
山際 勇一郎 首都大学東京, 都市教養学部, 准教授 (00230342)
青柳 肇 早稲田大学, 人間科学学術院, 名誉教授 (20121056)
高 向山 常葉大学, 健康プロデュース学部, 准教授 (60410495)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 子どもの貧困 / 社会性の発達 / 家庭外保育・教育 / 縦断調査 / Mind-Mindedness / 約束 / 自己主張 |
研究実績の概要 |
2009年の政府による公表以来,子どもの健全な発達に対する重篤な逆境要因として,子どもの貧困は認識されつつある。日本の子どもの6人に一人,約16%の子どもが相対的な貧困状態にあるという事実は,「貧困の発見」として驚きをもって受け止められた(阿部,2012)。人が社会的な存在であることを鑑み,その営みが阻害された状態を,絶対的貧困と区別して相対的貧困と呼ぶ。相対的貧困は,次の2つのできごとを介して,発達にネガティブな影響をもたらすと考えられる。一つは社会的排除である。貧困が子どものコンピテンスの低下をもたらし,人間関係の深まりや広がりを阻害する過程を指す。もう一つは養育者を介した身体的・心理的な影響の過程である。虐待はその最たる例に当たる。後者について先行研究の蓄積がアメリカで見られ,その視点は養育者ストレスを経由したFS(家族ストレス)モデルと,生活必需品や種々の機会剥奪を経由したFI(家族投資)モデルとに整理される(菅原,2014)。この視点に基づきわが国でも,近年,大規模調査による貧困の実証研究が進められている。その結果,学力やQuality of lifeに対する貧困のネガティブな影響が確認され,予防と補償の2つの側面から対策の必要性が指摘されている。このうち本研究では,補償効果―とりわけ良質の家庭外保育・教育―に焦点を当て,関連要因の抽出やその相互関係の特定に着手している。 2015年度は,発達支援施設元職員と,自治体の関連部署職員に対する2度のヒアリングから,当初計画の大幅変更を余儀なくされた(詳細は「進捗状況」の項に記述する)。これを踏まえて現在は(1)認定こども園における保育の観察調査,(2)社会性の発達を従属変数とした誕生から小学校卒業までの縦断調査,以上を主軸とした2つの調査に注力し,子どもの逆境要因を保障する保育の質についてデータを収集している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
貧困をテーマに学会を企画・開催するなど議論の拡大・啓発に努めたが,あらためて目的に沿った研究の進展が望まれる。 当初は多様な背景(児童養護施設等在籍か否か,生活保護受給の有無,ひとり親家庭か否か,の8パターン)によって貧困児を特定し,各児に対する保育から保障要因の抽出を計画した。ところが「問題の発露は就学期以降」といった指摘を受け,長期スパンによって初めて貧困やそれに関わる要因が発達に及ぼす意味や位置が特定できるといった観点に立ち戻された。 加えてデータ収集を視野に関係が開始された認定こども園や,研究協力を要請した複数の自治体において,こちらの予想を超えて個人情報に対する慎重な態度が示された。そのため家庭の経済的状況にアクセスできず,あらためて研究応諾の得られた施設及び各家庭を対象とした縦断研究に計画を変更した。現在,以下に示す2つの調査が進められている。 (1)認定こども園における保育の観察調査:年少6クラスで構成される中規模都市の認定こども園において,担任6名の対話を軸とした「気になる子ども」に関する園内研修を展開している。2015年度は12回の園内研修が開催され,対話を書き起こした逐語禄は,26万字に及んだ。家庭の経済状況と問題行動との関係も語られ,リスク児に対する保育の質の,ボトムアップ的な抽出が目指される。 (2)誕生から小学校卒業までの縦断調査:子どもの社会性発達の要因解明を目的とし,他の研究者と協働しながら,親子の認知・パーソナリティ特性や家庭の経済状況など,貧困にかかるデータを収集している。本研究では研究全体のデザインのうち,コーホート2調査の管理・運営を担う。現在,コーホート1調査内で実施された実験の成果について論文投稿が準備されている。この成果を踏まえコーホート2調査では,貧困が発達に及ぼす影響のより具体的な解明を目指す計画を立てている。
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今後の研究の推進方策 |
申請時点からの計画見直しは余儀なくされたものの,早々の変更によって,当初目的に沿った新しい方法による研究が着手できている。今後の推進方策について,2つの研究それぞれについて述べる。 (1)認定こども園における保育の観察調査:引き続き園内研修を展開して,年中に進級した園児の発達について対話を行うとともに,データを蓄積する。2015年度の対話では,繰り返し養育者やきょうだい児など,園児の問題行動に対する生育環境の影響が語られた。4歳児となる今年度はより自己制御機能の発達が予想され,各児のありようと養育環境との相互作用についてもダイナミックな変化が予想される。今年度はこうした変化に目を向けて,保育指標を開発する上で参照すべき知見を得る。また一年の関わりを得てラポールが強化されたことから,園を通じて各家庭に対し,あらためて研究協力(情報提供)を要請する。応諾が得られた家庭から情報提供を得ることで,経済的状況を含む養育環境と,それを保障する保育の質について検討を進める。 (2)誕生から小学校卒業までの縦断調査:コーホート2調査を滞りなく展開する。投稿が予定されている論文では,子どもの社会的スキルを育む重要な機会としての養育行動(親子の約束)に影響を及ぼす,親の認知的要因(Mind-Mindedness)と,子どものパーソナリティ要因(不当な扱いに対する自己主張)との関連について実証された(梅崎ら,投稿中)。ただしより詳細な発達プロセスを解明するためには,実験協力者を増やす必要がある。コーホート2調査ではこの点に留意したサンプリングを行い,コーホート1調査では必ずしも十分ではなかったフィードバックに努めることで,継続的な研究協力を得る。 なお,研究の実施については所属機関における倫理審査を受ける。人を対象とした繊細な情報提供を求める性格の調査であることを鑑み,重ねて留意を心がける。
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次年度使用額が生じた理由 |
研究計画を見直し,ヒアリング調査を実施しなかったため,ヒアリングにかかる国内旅費(ヒアリング調査旅費)および人件費・謝金(ヒアリング逐語化費用,研究協力園謝金)を使用しなかった。
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次年度使用額の使用計画 |
2016年度は,2015年度未使用分と併せ,コーホート2協力者を全国で集めるべく適切に研究費を使用する。コーホート1調査の経験から,依頼に対して2割程度の協力が得られるものと予想される。350家庭の協力を得るため,1,750件の依頼を行う。
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