手綱核(Hb)はヒト脳最深中心部にある、間脳視床の主要神経核である。哺乳類では内側(MHb)と外側(LHb)に分かれ、内側部はさらに背側(dMHb)と腹側(vMHb)に分けられる。MHbからの投射はほぼ全て中脳脚間核(IPN)に入力し、dMHbはIPNの辺縁部に、vMHbはPN中央部に神経伝達することがわかっている。我々は魚類であるゼブラフィッシュを用い、哺乳類MHbに相当する2つの背側手綱核が社会的闘争時、2つの背側手綱核が関与するという知見を得ていたが、本研究ではヒトにより近いマウスを用いて社会的闘争時のvMHbの役割を検討した。 vMHb-IPN回路は神経伝達物質としてアセチルコリン(ACh)を含むが、そのACh投射を抑制したマウスを作成し、力が強く大きな別系統マウスとの間での社会的優劣関係を確認したところ、AChを抑制することで強い相手マウスにも勝つ傾向にあった。逆に、vMHbからIPN中央部への投射を光遺伝学的に増強したマウスと、IPN中央部の神経細胞をニコチンで活性化したマウスを作成し、性格がより穏やかとされる別系統マウスとの間での社会的優劣関係を確認した。その結果vMHb-IPN経路を活性化することで弱い相手マウスにも負ける傾向にあった。 以上の結果より、vMHb-IPN回路は本来闘争行動のブレーキであり、これを抑制すると社会的階層の優位に、活性化すると劣位に立ちやすくなることが確認された。社会的劣位が長期的に続くことで抑うつ傾向になることが知られているが、この知見が社会的抑圧による精神疾患治療への基礎知見となる可能性がある。また逆に、慢性的な闘争的精神状態が社会集団や個人を疲弊させると考えられるが、それを解決するための基礎知見になると期待している。 現在は、この結果をさらに発展させ、その下流として報告されている中央縫線核の役割を確認している。
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