研究課題/領域番号 |
15K01865
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研究機関 | 東京外国語大学 |
研究代表者 |
栗原 浩英 東京外国語大学, アジア・アフリカ言語文化研究所, 教授 (30195557)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 援助・地域協力 / 領土紛争 / 危機回避 / 南シナ海問題 / パートナーシップ |
研究実績の概要 |
ベトナム国家第3文書館における史料収集(2015年8月・11月)及び,『ニャンザン』や『人民日報』などベトナムと中国の党機関紙に依拠しながら,1970年代後半の両国の関係悪化の過程と2009年以降の南シナ海問題の展開過程の比較分析を行った。その結果,1970年代後半には陸上国境をめぐる両国政府間の交渉が断続的に開かれたものの,基本的に両国間の人と物の移動は断絶状態にあったのに対し,南シナ海問題をめぐっては,対立の一方で,習近平国家主席のベトナム訪問(2015年11月)に象徴される首脳間の交流や国民間の往来,経済協力関係などが維持されている点が大きな特徴として指摘できる。これは両国関係が1991年の正常化以降,それ以前の「対立」や「危機回避」を前提としない関係から質的な変化を遂げてきたことを示している。しかし,それと同時にベトナム社会科学アカデミー中国研究所やベトナム外交学院南シナ海研究センターでの学術交流(2015年8月)を通じて,諸懸案は解決されたと思われた陸上国境についても近年国境碑の摩耗や損傷が目立つほか,土地の交換なども順調に進んでいないなど不安要因があることや,ベトナム政府内には南シナ海問題とクリミア問題を同一視する意見があり,中国やロシアなど域内大国に対する不信感が存在することもわかった。また,2015年11月には,ベトナム外交学院の主催のもと,ヴンタウで開催された第7回南シナ海国際ワークショップに参加し,ベトナムや中国,オーストラリアなどからの参加者と交流するとともに,南シナ海における中国の行動(人工島・飛行場建設など)やその正当性の論理が孤立したものであるかが浮き彫りになった点で,南シナ海問題の現状を把握する上で有益であった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2015年度は,公刊された資料による中越戦争に至る過程(1976年~79年)と南シナ海問題の展開過程(2009年~現在)の第一段階として,1970年代後半の関係悪化の争点と南シナ海問題に関するベトナム・中国双方の主張を整理するという最も重要かつ基本的な目標は達成することができたものの,国境地帯における経済協力や人間・商品・貨物・車両等の交通往来の現状に関する調査を実施するまでには至らなかった。ランソン省とラオカイ省における国境地帯の現状調査は2016年度に延期せざるをえないものの,文献資料の分析や南シナ海国際ワークショップ参加と学術交流を通じて,南シナ海問題をめぐってはベトナム・中国それぞれの識者の中に異なる観点が存在し,決して一枚岩の「国論」のようなものがあるわけではないという新たな視点を獲得することができた。例えば,前述のワークショップに参加していたベトナムの元外交官は,ベトナム共産党指導部や外務省が1991年の両国関係正常化後,対中国宥和政策をとってきたとして批判し,両国関係の指針を見直すよう主張していた。また,中国の元外交官の中にも,南シナ海の岩礁に対する領有権を主張することはできるが,南シナ海は国際公海である以上,退役軍人のようにそこが中国の「核心的利益」であると考えるのは誤りだとする識者もいる[陳健編著『外交,譲世界走向和諧』中国人民大学出版社,北京,2012年,157頁~158頁]。こうした状況に配慮するならば,境域における対立/協力の並存状況の考察にあたっては,両国首脳の会談やその結果としての共同声明のような党・国家の最高レベルの見解にのみとらわれることなく,両国国内に存在する多様な意見の動向を把握していく必要がある。
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今後の研究の推進方策 |
本年度の研究実施を通じて,本研究計画に対して2点に及ぶ変更と追加措置が必要であるとの結論に達するに至った。まず,当初の研究計画では,毎年ベトナム外交学院の主催する南シナ海ワークショップに参加する予定であったが,本年度初めて参加した結果,地域に関する深い知識と高度の専門性を前提とするワークショップではないことがわかった。簡単に言えば,南シナ海問題に関するごくごく一般的な知識と英語でプレゼンテーションを行う能力があれば,誰でも参加が可能な,初心者向けのワークショップといっても過言ではない。したがって,ベトナム・中国関係に関する専門的な知識や情報を前提とする本研究の趣旨と合致しないことは明らかである。2016年度以降は南シナ海ワークショップの情報収集は継続するものの,参加は取り止め,ベトナムでより専門性が高く,南シナ海問題やベトナム・中国関係に特化したワークショップやシンポジウムが開催されれば,そこへの参加をめざす予定である。 次に,南シナ海ワークショップでは国際法に基づく議論が主要な位置を占めるが,これによるとおそらく中国の南シナ海における一連の行動は国際法に違反するという結論以上のものは出てこないと思われる。本研究の代表者は南シナ海問題に関する共通理解のためには,歴史にねざしたアプローチが必要不可欠であると考える。とりわけ,中華民国政府の提示した十一段線(1947年)と中華人民共和国の提示した九段線(1953年以降)の関係やそれぞれの歴史的背景を考察し,その継承性と断絶性を分析することは南シナ海問題の根源を探究する上で極めて重要である。その意味で,十一段線に関する史料を収蔵している台湾中央研究院近代史研究所で文献資料調査を行うことを新たに研究計画に加えることとする。
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次年度使用額が生じた理由 |
本来は2015年11月にランソン省及びラオカイ省の国境地帯を中心に現地調査を行う予定であり,代表者の日当・宿泊費,自動車の借上代や謝金として使用するつもりであったが,公務のため日程調整がつかず,2015年度の現地調査を断念したため。
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次年度使用額の使用計画 |
本年度の当初の配分予定額90万円に,前年度の繰越金225,828円を加えた予算を以下のように使用する予定である。本年度も基本的には前年度と同様に,多くの部分を,ベトナムを中心とした現地調査と資料収集に充当する。具体的にはベトナム(ハノイ他),中国(広州),台湾への渡航のための旅費として82万円,ベトナムでの現地調査,特にハノイから中国との国境地帯にあるラオカイ省・ランソン省への往復に際しての自動車借上代として10万円を計上する。また,物品購入としては,南シナ海問題に関する英語・中国語・ベトナム語の図書購入代金及びスキャナー購入代金として205,828円を計上する。
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