研究課題/領域番号 |
15K01865
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研究機関 | 東京外国語大学 |
研究代表者 |
栗原 浩英 東京外国語大学, アジア・アフリカ言語文化研究所, 教授 (30195557)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 援助・地域協力 / 領土紛争 / 危機回避 / 南シナ海問題 / パートナーシップ |
研究実績の概要 |
第一に,ホアンサ諸島を管轄するダナン市と,チュオンサ諸島を管轄するカインホア省(ニャチャン)を訪問し(2016年9月・12月),ホアンサ県人民委員会主席(知事),チュオンサ県人民委員会主席に面会し,両諸島地域の現状について把握することができた。現在,中国の実効支配下にあるホアンサ諸島(中国名:西沙)と異なり,チュオンサ諸島(中国名:南沙)海域においてベトナムはいくつかの比較的大きな島嶼を実効支配し,行政機関や議会を設置している。そこには漁民も生活しているという。中国は同じ海域で人工島の建設を進めているが,1974年のホアンサ海戦のように,ベトナムの実効支配下にある島嶼を武力で奪取するような行動に出ることはなさそうである。第二には,ランソン市での調査(2016年7月)を国境地帯でのベトナム・中国両国による共同開発計画が一向に進展をみせていないことと,近年の新しい現象として,ベトナム側国境地帯で新たに仏教寺院が建立されてこと,しかも寺社内では伝統的な漢字表記が姿を消し,ローマ字のみとなっていることが判明した。仏教寺院を通じて国境地帯がベトナムと中国の相違を際立たせる場に変化しつつあることが推測される。以上二つの点に関し,中国がベトナムとの人的な往来・交流を制限していないことを考慮すると,中国はベトナムに対し,境域における軍事力や経済力の行使よりもソフトパワー重視の方向にシフトしつつあるのではないかという仮説が成り立つ。最後に第三の成果として,台湾の国家発展委員会档案管理局及び中央研究院近代史研究所档案館,ニャチャン海洋学研究所(ベトナム)での文献資料調査を通じて(2016年8月・12月),中国が南シナ海に対する排他的な関与を主張するための歴史的根拠は極めて薄弱であり,南シナ海の特質として歴史的に多くの国々が関わってきたという事実を把握することができた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2016年度の調査研究を通じて,ベトナム・中国間境域においては陸上国境地帯での経済協力の停滞やホアンサ諸島・チュオンサ諸島の領有をめぐる対立が観察されるものの,それらをもって両国関係全般を判断することが困難になりつつあるという状況がはっきりしてきたといえる。境域が両国関係の実態を反映する鏡となっていた時代はもはや終焉を迎えつつあるともいえる。両国関係が断絶状態にあった1970年代末~80年代と異なり,中国側は多様なレベルでのベトナムとの人的な往来・交流,貿易,文化交流や投資などを積極的に進めており,これらを遮断しようとする気配がない。さらに,中国側は両国の共産党間関係や政府間関係と,アジアインフラ投資銀行(AIIB)や「一帯一路」構想などの多国間組織やプロジェクトを巧みに併用しながらベトナムを自らの軌道に取り込もうとしているようにみえる。こうした中国側の「攻勢」に対し,ベトナム側も行政的対抗措置を講じることよりも,境域における寺院の建立が示すように,中国とは異なる自らのアイデンティティの追求過程に入ったというのが現状であろう。このように,両国関係が質的に新たな段階に入ったことは確かであるが,その特質として,①地理的な境域が両国関係を象徴する場としての意義を失い,境域が可変的なものとなりつつある②中国は境域(南シナ海)における軍事的なデモンストレーションは行うものの,ソフトパワーをより重視する方向へと戦略をシフトさせ,両国間にソフトパワー競合の時代が到来したなどの点を想定することができるが,本年度の調査研究からは確定的な結論を提示するまでに至らなかった。今後はより精緻な結論を求めるべく,両国間の地理的な境域のみならず,ベトナム,ダナン,ホーチミン市など境域から離れた地域における中国の動向も視野に入れながら調査研究を進める必要がある。
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今後の研究の推進方策 |
第一に,2016年度の調査研究を通じて得られた,中国が従来の境域における経済力や軍事力の行使を対ベトナム政策の要とするところから,ソフトパワーの重視にシフトしてきているのではないかという結論の有効性と正確性を検証するため,以下の4点―①国境地帯におけるベトナム・中国間の友好協力関係を象徴する「二回廊一経済圏」プロジェクトが,中国側の「一帯一路」戦略の具体化に伴い,新たなプロジェクトとして生まれ変わって動き出すのか,変化がないままに停滞状況が継続するのか情勢をフォローしていく②引き続き南シナ海情勢に注視し,中国が新たな軍事行動には出ないという本研究の予測の正否を検証する③国境地帯も含め,近年新たに建立された寺院を複数訪問し,漢字の使用状況を把握することにより,そこに中国の文化的影響から離脱し,ベトナムのアイデンティティを模索しようとする意図があるのかどうかを調査する④中国のベトナムにおける文化的事業の展開や支援,文化交流の実態を調査し,近年質的・量的な変化がみられるのかどうかを研究する―を中心に調査研究を進める。 第二には,ベトナムの中国に対するアプローチにみられる二つのベクトル―中国との共通性を重視するベクトルと中国との異質性を重視するベクトル―の関係をめぐる考察をより深める必要がある。具体的には,前者のベクトルの傾向が強い両国間での共同声明や,ベトナムの党・政府の指導者(党書記長・国家主席・首相など)の発言に着目しながら,それらの内容,例えば経済協力や文化交流が実務レベルでどのように実現されているのか,あるいは実現されていないのかを調査することにより,二つのベクトルが収斂しつつあるのか,それともずれが拡大しつつあるのかを把握していく。
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次年度使用額が生じた理由 |
本来はランソン省及びダナンでの現地調査の際に自動車を借上げる予定であったが,ベトナム社会科学アカデミーの特段の配慮により,自動車が無料で提供されたため,借上げ代金を負担する必要がなくなった。
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次年度使用額の使用計画 |
2017年度の当初の配分予定額70万円に,前年度の繰越金114,949円を加えた予算を以下のように使用する予定である。2017年度も前年度と同様に,多くの部分を,ベトナムを中心とした現地調査と資料収集に充当する。具体的にはベトナム(ハノイ他)及び台湾(台北)への渡航のための旅費として70万円を計上する。また,物品購入としては,南シナ海問題に関する英語・中国語・ベトナム語の図書購入代金ならびにバッテリーなど消耗品購入代金として114,949円を計上する。
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