研究課題/領域番号 |
15K01892
|
研究機関 | 東邦大学 |
研究代表者 |
細谷 幸子 東邦大学, 看護学部, 非常勤研究生 (60516152)
|
研究分担者 |
松永 佳子 東邦大学, 看護学部, 准教授 (70341245)
|
研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
|
キーワード | イラン / 選択的人工妊娠中絶 / 生命倫理 |
研究実績の概要 |
本研究では、イラン・イスラーム共和国における選択的人工妊娠中絶をめぐる議論と実践を、障害者の生きる権利に注目して分析する。これによって、選択的人工妊娠中絶と優生政策の連続性/非連続性を論じる欧米・日本の生命倫理の議論に異なる視点を提示すると同時に、現代イラン社会を理解することを目的とする。多角的な情報収集のため、以下の三つの視点からイランの状況を調査する。(1)政策決定機関/女性団体/障害者・患者団体/障害者家族団体/医療専門家団体など、互いに利益が相反する諸立場の主張、(2)実践の場の臨床的倫理問題、(3)選択的人工妊娠中絶が許可された疾患・障害をもって生まれた者たちの生活実態。 本年度は、イランと近隣イスラーム諸国における人工妊娠中絶、遺伝子診断、婚前スクリーニング、出生前診断に関して、医療の視点からの議論だけでなく、イスラーム法の見解をまとめた文献も広く調査した。また、ドイツやイギリス、日本の議論についても文献を渉猟した。現地調査としては、二回イランに渡航し、イランにおいて選択的人工妊娠中絶が許可されている遺伝性血液疾患、サラセミア/血友病の患者団体と、医療専門職等に対してインタビューをおこなった。また、イランの特殊性を理解するため、ドバイ、イスタンブール、アンタルヤ、チェンマイ、ロンドンのサラセミア/血友病患者団体と医療機関を訪問し、それぞれ患者と専門家にインタビューをおこなった。学術界の動向を知るため、国際学会にも参加した。 さらに、サラセミアと血友病については、病態生理と患者の生活実態を理解するため、医学論文や患者の手記、各国の患者団体の活動も調査した。加えて、輸血や血液製剤使用による薬害や出生前診断時の誤診断に対する訴訟に関しても文献調査をおこなった。 以上の調査で得た情報を踏まえて、翌年度に実施するサラセミア患者に対する質問紙調査を準備した。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
初年度は、関連する論点について、広範囲に渡る情報を収集したが、その中でも、特にサラセミア患者をめぐる議論について情報収集を進めることが出来た点が、研究の進展上、大きな転換点となった。 中東地域においてはサラセミアの保因者数が多く、人工妊娠中絶、遺伝子診断、婚前スクリーニング、出生前診断をめぐる倫理的議論は、重症型のサラセミア患者の出生予防策に対する国の方針や国民の意識変化を抜きにして理解することはできない。サラセミアという疾患は、生後数ヶ月から一生涯輸血が必要となり、多くの合併症を起こすため、治療費が高額になる。この疾病の病態、起こり得る合併症や必要な医療的処置は国毎に変化するものではない。しかし、国によって可能な治療、入手可能な薬剤や病気に対する認知度が異なっており、患者の寿命や合併症の程度、社会活動への参加度、社会から受ける偏見や差別の深刻さに差がある。さらに、常染色体劣性遺伝であるサラセミアは、中東地域に広く見られるイトコ婚との関連が指摘されている。加えて、中東イスラーム地域では、医療技術の提供に際して、その技術のイスラーム法上の合法性が問題になるため、医療政策においてイスラーム法学者の見解が参照されている。以上のような様々な文脈が、各国での倫理的議論に反映されている。 イランにおける選択的人工妊娠中絶をめぐる議論は、これらの論点に関する国際的な情報交換の中に位置している。従って、イランの状況を知るには、少なくとも近隣国との比較が必要と判断し、本年度は、UAE、タイ、イギリスの患者団体や専門家を訪問した。こうした経緯の中で、トルコにおいて患者団体との連絡調整が良好に進み、当初想定していなかった、トルコ・イラン間の比較を目的とした患者の生活・意識調査を実施する許可を取得することが出来た。
|
今後の研究の推進方策 |
2016年度は、サラセミア患者の生活実態に注目した調査により多くの時間を割く予定である。患者団体での参与観察やインタビューと同時並行で、イランとトルコでサラセミア患者を対象とした生活・意識調査(質問紙調査)をおこなう。イランとトルコは、両国ともサラセミア保因者の婚前スクリーニング・プログラムを全国的に展開しており、出生前診断も選択的人工妊娠中絶も可能である。また、若い患者の人口が多く、患者コミュニティ内から発生したアドボカシー活動も活発になっている。一方、シーア派が多数派でイスラーム共和国のイランと、スンナ派が多数派で世俗国家のトルコでは、異なる倫理的議論が展開されている部分もあり、両国の状況について詳細情報を収集し比較することで、イランの特殊性を理解することが容易になるだろう。さらに、国際学会で発表をおこない、専門家から批判やアドバイスを受け、イランの選択的人工妊娠中絶をめぐる状況の総合的な分析に役立てる。
|
次年度使用額が生じた理由 |
トルコにおいて患者団体との連絡調整が良好に進み、イランとの比較を目的とした患者実態調査を実施する許可が出た。また、国際学会参加の意義が深まったことを受け、次年度の予算を前倒しで請求した。しかし、その後トルコ国内でテロ事件が発生し、国際学会参加の日程調整が困難になったため、海外渡航回数を減らし、滞在期間を短縮するなどの配慮が必要となった。
|
次年度使用額の使用計画 |
2016年度は、サラセミア患者の生活実態に注目した調査により多くの時間を割く予定である。患者団体での参与観察やインタビューと同時並行で、イランとトルコでサラセミア患者を対象とした生活・意識調査(質問紙調査)をおこなう。また、国際学会での発表も予定している。
|