本研究は、20世紀初頭のパレスチナにおけるアラブ人キリスト教徒ジャーナリストらの執筆活動を調査し、アラブ・ナショナリズムにおける彼らの貢献と、イスラーム社会のマイノリティであるキリスト教徒としての特徴を検証することを目的としてきた。ジャーナリストのうち、パレスチナ初のアラビア語紙であるカルメル紙の主筆であり、アラブ人によるシオニズム研究の先駆者となったナジーブ・ナッサールと、委任統治時代のパレスチナでひろく読まれたフィラスティーン紙の主筆イーサー・アル・イーサーにおもに焦点を絞り、その著作活動を追った。 活動をとおしての彼らの主張には、明確に共通点が存在する。そのひとつが宗派の別を越えたパレスチナ・アラブ人の結束であり、もう一点が農業を主とした産業振興への希求である。一見無関係にみえるこの二つの主張は、実はキリスト教会、ことにパレスチナで支配的なギリシア正教会への批判に基づいている。この姿勢がより明確にみられるのが、実際に教会との根深い対立を抱えていたイーサーであるが、正教からプロテスタントへの改宗者であるナッサールの私生活や地方有力者との協力関係の結び方からも、正教会への不信感はうかがえる。当時ギリシア正教会が否定していたアラブ・ナショナリズムを推進することで、彼らはギリシア正教徒よりもアラブ人としてのアイデンティティ確立をめざしたのである。また、農業振興の背景には、シオニストによる土地買収への危惧だけではなく、信徒への経済的支援により従属関係を築いていた、ギリシア正教会のコミュニティのあり方への批判があった。 以上のことが判明したが、論文は現時点で執筆段階であり、発表には至っていない。比較対象として想定していたものの、手記発見には至らず調査を中断せざるをえなかったカトリック教会のグレゴリオス・ハッジャール大司教とあわせて、今後2年間でより詳細な成果発表をおこなう予定である。
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