2020年度は、本研究において実施してきた現職・退職男性自衛官36名に対するインタビュー調査の分析を論文としてまとめた。自衛隊において圧倒的多数派を占める男性であり、かつエリートである幹部自衛官たちの経験を「自衛官であること」として、彼らのアイデンティティを「自衛官になること」として考察し、自身が編集委員を務め、2022年に刊行予定の『戦争と社会』シリーズの第二巻収録論文を完成させた。 あわせて、「軍事的男性性」概念を用いた先行研究レビューの成果についても論文にまとめた。同シリーズの第一巻収録論文として、戦争を理解するにあたってジェンダーに注意を払うことが不可欠である理由を述べた論文を完成させた。また、重要な先行研究であるシンシア・エンロー氏の新著The Big Pushの翻訳『<家父長制>は無敵じゃない』を刊行し、2021年刊行予定の『男性学基本論文集』への収録論文として、キャロル・コーン、マヤ・アイヒラー、ローラ・シェパード氏の各論文の監訳を行った。 さらに、Economist誌から少子高齢化社会における自衛隊の女性活用についての取材を受け、米国大使館の依頼で自衛隊の女性活躍の現状について外交官に対するレクチャーを行うなど、研究成果の幅広い還元に努めた。
本研究は、戦後日本における軍事組織の社会的位置の変容の中で、男性自衛官の経験を把握し、ジェンダーの視座から分析するという当初の目的を遂げることができた。自衛隊研究を日本特殊性論に囲いこむことなく、国際的な研究動向へと接続させてゆくという点で本研究は意義のあるものである。また、自衛隊が「闘わない軍隊から闘う軍隊へ」と大きな転換点をむかえつつある今日、男性自衛官のアイデンティティのあり方を探った本研究は、学術にとどまらない政策的な含意をも提供するものである。
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