筆者は、過去2年ほど、タイ南部パンガー県のムスリム漁村コミュニティ、およびタイ北部チェンマイ県ドイインタノン国立公園において、コミュニティ・ベースド・ツーリズムの現状に関する民族誌的調査を実施してきた。両地域における資料収集は昨年度で概ね完了しており、今年度はこれらの事例をタイにおける観光開発のより広い文脈に位置づけるために、他地域においても短期間の補足的な調査を実施した。 これまで筆者が主に調査を行なってきたのは、タイ国内のNGOなどが関わりながら地域コミュニティが主導で観光開発・運営に関わってきたケースであり、いわば「下からの」開発を進めてきたコミュニティの事例といえる。他方で、1990年代後半からはNGOだけでなく官主導による、コミュニティ・ベースド・ツーリズムの導入が進められており、その中でも重要なアクターの1つとして指摘できるのが王室プロジェクトである。もともと王室プロジェクトは、タイ北部山地民社会においてケシ栽培に代わる代替作物の普及を進めてきた農業開発プロジェクトであったが、近年ではグリーン・ツーリズムの取り組みも徐々に進めている。 そこで今年度は、タイ北部のコミュニティ・ベースド・ツーリズムの主要アクターである王室が山地民社会にもたらした影響について明らかにするために、王室主導の開発プロジェクトが行なわれてきたチェンマイ県のドイ・アンカーン地区やチェンライ県ドイ・トゥン地区などを訪問し、これまで申請者が調査研究を実施してきたチェンマイ県ドイインタノン国立公園内の事例と比較検討を行った。
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