研究課題/領域番号 |
15K01981
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研究機関 | 宮城教育大学 |
研究代表者 |
川崎 惣一 宮城教育大学, 教育学部, 教授 (30364988)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | リクール / 正義 / 倫理学 |
研究実績の概要 |
平成28年度は、研究計画にもとづき、前年度の成果をもとに、現代正義論において論じられている諸テーマについて、リクールの正義論がもちうる積極的な意義を探ることを試みた。 リクール正義論は、彼自身の倫理学の構想の延長線上にあり、その意味でリクール哲学の一つの到達点と見なすことができる。それは、「私たちはいかに生きることを望むか」「善い生き方とは何か」という倫理学的ないし人間学的洞察に裏打ちされている。これに対して現代正義論は、ロールズ正義論が典型的にそうであるように、個人が具体的な場面でいかに振る舞うべきかといった規範意識を問うというよりも、社会全体をよりよいものに改めていく際の原理を問うという問題意識に貫かれている。現代正義論の全般的な方向性のなかでは、原則として、善悪や価値の問題が問われるような、個別的な生における具体的な場面が主題的に扱われることはあまり多くない。 このように、両者の議論はそもそもの出発点が異なるため、参照している哲学史的な知見が重なるにもかかわらず、両者を単に対照させるだけでは、議論がうまくかみ合わないという事態が生じる。この点を踏まえて今年度は、両者を共通の土台の上で接続するという意図のもと、リクール正義論が、近年とりわけ法哲学や倫理学の分野で活発に議論されている「グローバルな正義」をめぐる諸問題に対してどのような意義をもちうるか、という問題について検討を行った。そしてこの成果を、「リクール倫理学はグローバルな正義について何を言うことができるか」というタイトルのもとに日仏哲学会で口頭発表した。 このほか、平成27年度に「リクールにおける悪の問題」という題目で口頭発表したものを手直しして、同じ題目で大学紀要に論文として公表した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
リクール正義論をロールズ正義論と比較しつつその内実を明確にするという試みは、すでに平成24年度より着手しており、その成果は論文「リクール正義論の意義と射程」として発表済みであった。また、リクールがロールズ正義論のどのような点に注目し、それを自らの正義論にどのように取り込んだかについては、既に多くの先行研究が存在する。そこで本年度は、本研究の独自性をより明確なものとするという観点から、リクールの正義論の意義と射程を、ロールズ正義論との比較対照を通じて行うのではなく、広く現代正義論全般のなかで明確にしようと試みた。 この結果、リクール正義論という足場を手掛かりに、哲学および倫理学という分野にとどまらず、法哲学や政治哲学といった分野にも検討の対象を拡大しながら、「正義」の概念をめぐるさまざまな議論を参照することとなり、とりわけ「グローバルな正義」に関連する多くの研究成果に対して、リクール倫理学の立場から何か発言できないか、という問題について考察を深めることとなった。 言うまでもなく、「正義」の概念をめぐるさまざまな議論というのは、きわめて多数かつ多岐にわたっていることから、やみくもにアプローチしようとしても方向性を見失ってしまう危険が非常に大きい。そこで、リクール正義論を補助線とすることによって、正義のほかに人権、討議、熟慮といった諸概念の連関について見通しを得ることができたのみならずその宗教哲学にまで踏み込んでいく足掛かりを得たことは、本研究を進めていくうえで非常に有益であった。
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今後の研究の推進方策 |
平成29年度のテーマは、本研究の最終年度として、研究計画にもとづき「リクール正義論の現代正義論における位置づけと、そのオリジナリティの提示」としたい。すなわち今年度は、リクール正義論に関する前年度までの研究を継続させると同時に、研究計画の最終年度として、リクール正義論のオリジナリティを明確に描き出すことを目指す。 リクール正義論は、カント的義務論に対してアリストテレス的目的論に優位を置くという彼自身の倫理学的構想の延長線上にあり、「『善い生き方』とは何か」という人間学的な洞察を根本的な土台としている。この点からすれば、現代正義論でいえば徳倫理学に近い発想をとっているように見える。リクールが個人のアイデンティティの構築を重視し、彼のいう「自己の解釈学」において「物語的同一性」という概念を重視していることから、たとえばマッキンタイアやテイラーなどとの類似性を指摘することもできるだろう。他方でリクールは、一定の留保つきではあるがロールズ正義論を高く評価し、さらにハーバーマスの討議倫理の意義も積極的に認めるなど、個人の合理性を最大限に尊重しようとする姿勢も見せている。このような柔軟かつ弁証法的な哲学的態度はリクール哲学に固有のものであるが、こと正義論に関して、こうした彼のスタンスが、彼の正義論を現代正義論の文脈において積極的な意義を有するものとしている、と考えることができる。 こうした見立てのもと、平成29年度は、「リクール正義論がいわゆる徳倫理学とどこまで付き従い、どこで袂を分かつのか」という点を明らかにし、このことを展開するという仕方で、現代正義論の見取り図のなかに、そのポジションを見つけることを目的としたい。具体的には、ハーストハウスに代表される徳倫理学の研究者たちの主張をリクール倫理学と比較対照させることを通して、リクール正義論のオリジナリティを明確にしたいと考えている。
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次年度使用額が生じた理由 |
備品購入に関してわずかだが残金が出てしまったため、平成29年度に繰り越すことにした。
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次年度使用額の使用計画 |
次年度の備品代に繰り入れて使用する。
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