研究実績の概要 |
初年度は研究実施計画に記した課題(1)「運動や継起に関する知覚経験の認知的侵入可能性の検討」を行い、通時的な知覚経験と信念や意図などの認知的要素との関係を考察した。通時的な知覚経験の時間的延長性を担う主要な性質は対象の運動だと考えられる。P. Vetter & A. NewmanやP. U. Tse & P. Cavanaghは、仮現運動に関する実験を根拠にして運動知覚の認知的侵入可能性を主張している。本研究では、最初に彼らによる仮現運動の分析は、知覚システムが行う「期待」を不当に認知的と見なしたものや、単に「周辺的な注意による効果」としても解釈しうるもの(Cf. Firestone, C. & Scholl, B. J. (2015) "Cognition does not affect perception," BBS)であることを確認した。その上で、運動知覚の認知的侵入不可能性に対する反論として、認知的侵入可能性のJ. Stokesによる帰結主義的解釈とC. Moleによる「注意のバイアス競合モデル」に基づく解釈を検討した。その結果、前者については「注意メカニズムは知覚モデュールの一部である」という前提に検討の余地があること、後者についてはA. Raftopoulos & J. Zeimbekisが主張するように代案があることが分かった。 以上の議論は、運動知覚については認知的侵入可能性を認める必要がないことを示唆している。ただし、この議論には、(1)この議論で頻繁に使用される「認知状態から知覚へのトップダウンの影響」という表現には多様な解釈が可能であること、(2)認知的侵入可能性の定義をより正確に行う必要があることなどの幾つかの修正すべき点があり(これらの点は、研究打ち合わせを通じてD. Hilbert教授に指摘された)、その修正は今後の課題である。
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