本年度は(2)見かけの現在概念の分析と(3) 通時的な知覚の群化に関する近年のゲシュタルト心理学の検討を行った。(2)については、R. Grushの「軌道見積もりモデル」を検討・擁護した。Grushのモデルは表象内容にのみ時間的延長性を認める過去把持モデルを確率論的に発展させた理論であり、未来予持も事前知識と感覚入力からのベイズ主義的予測として説明される。このモデルに対しては、運動の現象的性格を瞬間的な表象内容に付与する「動的スナップショット理論」が近年ライバル理論として提出されている。本研究では、動的スナップショット理論は時間錯覚の説明に関して、瞬間的な表象内容の改訂を知覚レベルで説明できないか、視覚以外の錯覚への応用が不透明となるというジレンマに陥ることを示し、軌道見積もりモデルの優位性を論じた。この成果は応用哲学会第12回年次研究大会で発表された。 (3)については、ゲシュタルト心理学の現代的展開の中から、近年有力視されているベイズ主義知覚論による群化の説明を取り上げて、その説得力を検討した。ベイズ主義知覚論を巡る論点には、この理論が「知覚の認知的侵入可能性(CPP)」を支持する点がある。本研究では初年度の成果を踏まえて、CPPを否定する立場からベイズ主義知覚論の修正を試みた。具体的には、注意を予測された正確性の最適化とした上で、認知からのトップダウンによる知覚プロセスの変更を主張する議論(J. Hohwy、A. Clark、G. Lupyan)に対して、その説明では群化に時間がかかりすぎることを示す経験科学的知見を取り上げ、その上で、CPPを否定してもベイズ主義的にゲシュタルトの形成が説明できることを論じた。この成果は今年度中に論文化を試みる。 以上の成果は、時間的経験の哲学的理論において、ベイズ主義的過去把持モデルが現在のところ最も擁護可能であることを示している。
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