本年度は、昨年度に引き続き、19世紀後半から20世紀初頭の英、仏、独の科学哲学の知的な交流について検討を継続した。とりわけ、ジョン・スチュアート・ミルの科学哲学と、ウェイトリー、ハミルトン、ヒューウェルら同時代のイギリスの科学哲学の関係を調べるとともに、彼らが独仏をはじめとする諸外国の科学哲学者とどのような影響関係にあったかを調査した。中でもウィリアム・ハミルトンは、現在ではほぼ忘れられた哲学者となっているが、19世紀前半に論文集が仏訳されるなど国際的影響力が強く、実証主義系の哲学のその後の展開においても様々な形で影響を及ぼしており、今後さらなる検討が必要であることが明らかになった。また、20世紀初頭のいわゆる「第一ウィーン学団」についての調査からは、フランス語圏の科学哲学がその後のドイツ語圏の科学哲学の展開に影響していることが明らかになってきた。ドイツの科学哲学については、さらに、ハノーファー大学よりHoyningen-Huene教授を招いて研究に関する意見交換を行ったことで知見を深めることができた。 これも昨年度から継続する研究として、J.S.ミルの『論理学体系』における科学哲学に関するパートを、関心を共有する研究者たちとともに精読した。特に、普遍的因果の原理と呼ばれる抽象的な原理についてミルが非常に素朴な考え方をもっていたこと、とりわけいわゆるヒュームの帰納の問題と呼ばれる問題をまったく気にしていなかったことが確認された。ヒュームの帰納の問題が科学哲学の主要問題となっていくのは19世紀末以降と考えられるが、このプロセスは今後の研究で明らかにしていく必要がある。 また、これらの研究成果を反映した書籍の執筆を行い、本年度中に完成をみた。本書籍は今後校正などを経て30年度中に出版予定である。
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