研究実績の概要 |
本研究は、「進化論は倫理に対してどのような含意を持つのか」というテーマについて、規範理論の一つである功利主義を擁護する論者がどのようにこのテーマに取り組んできたかという視点から検討を行うものである。平成28年度は以下の研究を中心に行った。 1.「シンガーの進化論理解および、彼が進化論や最近の認知心理学系の研究(霊長類や乳児の道徳性についての研究、行動経済学など)をどのように自らの規範理論に組み込んでいるか」という問いについて、進化論と倫理の関係について論じた彼の主要な著作(Peter Singer, The Expanding Circle (1981), A Darwinian Left (2000), ‘Ethics and Intuitions’ (2005), The Life You Can Save (2009)など)および二次文献を精読して、シンガーの進化論理解の正確さ、直観主義を批判するためにどのように進化論を用いているか、また近年の認知心理学系の実証研究をどのように功利主義的な規範倫理に役立てているかなどを検討する。この検討結果について、昨年度エジンバラで開催された国際生命倫学会にて意見を交換し、その後国際誌(The Tocqueville Review vol.37)に共著論文を投稿した。なお、二次文献の収集にあたっては、申請者が所属する研究科の大学院生の補助を受けた。 2.認知心理学および功利主義と進化論の関係について、功利主義の専門家との意見交換を行った。具体的には、『生命倫理学と功利主義』(2006)の執筆者の一人でありシンガーやR.M.ヘアの理論について造詣が深い京都女子大学の江口聡教授との意見交換を通じて、研究を進展させた。
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今後の研究の推進方策 |
前年度までの研究を進めると共に、以下の研究を実施する。
1.「シンガー、グリーン、内井らがどのように功利主義を基礎付けているか」という問いについて、シンガー、内井の文献に加えて、J. Greene, Moral Tribes, 2013およびその書評や関連論文を読み、進化論によって倫理理論が正当化されない場合にどのような基礎付けが可能なのかについて、理論的検討を行う。この作業を通じて、進化論および近年の脳科学や認知心理学を用いた実証研究が規範理論に対して持つ含意についても明らかにする。この検討結果については、日本倫理学会等で報告を行い、その後国内の学術誌あるいは国際誌に投稿する。なお、関連文献の収集にあたっては、申請者が所属する研究科の大学院生の補助を受ける予定である。 2.以上の研究を通じて得られた知見について、米国プリンストン大学のピーター・シンガー教授と意見交換を実施し、研究の適確さを確認すると同時に、残された課題について明らかにする。 3.本研究で得られた知見をもとに、申請者の所属する機関で行なわれている「アカデミック・デイ」などの機会において、一般市民向けに「進化論と倫理」についてわかりやすいポスター発表などを行なう。
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