最終年まで残っていたジーナ・ロンブローゾの技術論について、英訳のThe Tragedies of Progressを精読して、『道徳と宗教の二源泉』(『二源泉』と以下では略記)第四章への影響関係について考察を行うことができた。分析の結果、ロンブローゾの議論は予測よりもはるかに『二源泉』の後半の議論に大きな影響を与えていることが判明した。 例えば、ロンブローゾは精神的な喜びと物質的な快楽を区別して、後者が近代社会の機械化を推進し、また機械化によって後者は充足されるものであるが、ロンブローゾ自身は前者の喜びを重視している。この対比はある程度『二源泉』のjoieとplaisirに対応するものとなっている。このように、ロンブローゾの議論は単なる事例を提供するものとして用いられているよりは、議論の枠組みや方向性を与えているものとして、その重要性を確認することができた。 なお、この研究成果については2023年3月のベルクソン哲学研究会で「ジーナ・ロンブローゾの産業技術論――『道徳と宗教の二源泉』への影響」として研究発表を実施した。 以上のように本研究では、第一章の議論ではコントやスペンサーの社会有機体説、第二章の議論ではレヴィ=ブリュールやデュルケームなどの人類学や宗教社会学、第三章ではジェイムズやジャネ、ドラクロワなどの宗教心理学などの当時の社会科学と『二源泉』との関係について考察を行い、『二源泉』の成立においても、他のベルクソンの著作と同様に実証科学との対話が重要な要素になっていることを示すことができた。
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