研究課題/領域番号 |
15K02006
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研究機関 | 熊本大学 |
研究代表者 |
田中 朋弘 熊本大学, 文学部, 教授 (90295288)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 専門職倫理 / ケア / 規範倫理学理論 / 生命医学倫理学原理 / ビーチャム&チルドレス / 特殊道徳 / 共通道徳 / 役割責任 |
研究実績の概要 |
本年度は、応用倫理学としての専門職倫理と規範倫理学理論との関係を明らかにするために、ビーチャム&チルドレスの『生命医学倫理学原理』の各版(特に第三版から第七版まで)を中心に分析し、論文としてまとめた。田中朋弘「専門職の責任-ビーチャム&チルドレスの倫理学理論を手がかりに」、『先端倫理研究』第10号(熊本大学倫理学研究室紀要)、pp. 25-36、2016年. その結果明らかになったのは、専門職の責任は、直接に抽象的な原理に基づく一般的規範というよりは、一定の仕方で特殊化され、特定化された役割責任とそれに応じた特殊な規範として考えられうるということ、そして、そうした枠組みに関する理論として、ビーチャム&チルドレスの共通道徳-特殊道徳論には一定の説得力と展開可能性があること、である。 ビーチャム&チルドレスの議論の主目的は、生命医学の領域における特殊道徳とそれを正当化する共通道徳の四原理を示すことにある。その意味で、その目的は包括的というよりは限定的だが、そのプランの妥当性を示すためには、より包括的な倫理学理論(共通道徳理論の詳細)について言及せざるをえない。それは、この書の中では包括的なレベルで十分に展開されているとは言えないが、一種の統合的倫理学理論となるべきものである。そしてそのように、規範倫理学と応用倫理学の理論を統合的に解釈する可能性を示している理論は、現状ではほとんどないと言ってよいであろう。この点において、彼らの理論は、生命医学倫理学の領域だけに止まらない展開力を有している。 とはいえ、共通道徳論を受け入れる場合の多元主義の基礎づけに関する評価、および、特別な役割道徳によらない通常の道徳的判断が彼らの理論の中でどのように位置づけられるのかという課題は残される。以上のことが明らかになった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の目的は、専門職におけるケアの倫理の位置づけを明らかにすることである。この目的を達成するために、看護専門職におけるケアの倫理に焦点を絞り、(ア)そもそも専門職とケアの倫理がどのような関係にあるかを「規範倫理学」と「応用倫理学の一部門としての専門職倫理」という観点から明らかにし、(イ)看護専門職において、存在論的な意味におけるケアと存在的な意味におけるケアがどのように関係づけられるかを、職業的義務あるいは「役割責任」という観点から明らかにする。この二つの問題点を検討することを通して、いわゆるケア専門職だけではなく、専門職一般におけるケアの倫理の位置づけを明らかにすることを目指している。 H27年度の研究計画は、(ア)の規範倫理学と専門職倫理との関係を明らかにすることである。この計画を進めるために、文脈主義的な倫理学理論としてのプラグマティズムについて、年度中に二回の専門家によるセミナーを開催し、新しい知見をえた。さらにそれを踏まえて、ビーチャム&チルドレスの『生命医学倫理学原理』の各版の分析を行い、オープンアクセス形式の論文として公表した。ビーチャム&チルドレスの議論は、まだそのまま受け入れることが難しい部分を含むものだが、これまで詳細に論じられていない部分については、一定の検討可能性を含んでいることも明らかになった。 以上のように、本研究計画における現在までの進捗状況は、計画に沿って概ね順調に進展している。
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今後の研究の推進方策 |
専門職におけるケアの倫理の位置づけを明らかにするために、H28年度は、看護専門職において、存在論的な意味におけるケアと存在的な意味におけるケアがどのように関係づけられるかを、職業的義務あるいは「役割責任」という観点から明らかにする。 そのために、看護専門職においてしばしば参照されている現象学的ケア論を、専門職倫理という観点から明らかにするために、現象学的ケア論の専門家をセミナー講師として招聘し、彼らと対話することを通して、本研究の計画をより推進する。また、従来も進めてきた看護ケアに関する様々な文献を相互に連関づけて読み直すことによって、これらの議論に関する包括的で俯瞰的な見取り図を得ることを目指す。 H29年度は、全体計画の通り、ケア専門職を中心とした質的調査を行い、H27年度およびH28年度に実施した文献研究の成果を踏まえて、より実践的な観点からの考察を進める。それに際しては、質的調査法に関する専門家の助力も仰ぎ、より精密な調査を行うことができるような工夫を凝らす。
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