研究課題/領域番号 |
15K02006
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研究機関 | 熊本大学 |
研究代表者 |
田中 朋弘 熊本大学, 文学部, 教授 (90295288)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 専門職 / ケアの倫理 / 役割責任 / 現象学的ケア論 / 技能習得モデル / 実践 / 徳倫理学 |
研究実績の概要 |
専門職におけるケアの倫理の位置づけを明らかにするために、H28年度は、看護専門職において、存在論的な意味におけるケアと存在的な意味におけるケアがどのように関係づけられるかを、職業的義務あるいは「役割責任」という観点から明らかにした。そのために、看護専門職においてしばしば参照されるベナーの現象学的ケア論を検討した。 そこで明らかになったことは、以下のとおりである。1) ベナーは、存在論的な意味におけるケアと存在的な意味におけるケアがどのように関係づけられるかについては、主題的には論じておらず、全体としては、ケアリングを人間の基礎的な存在様式である(事実)と見なし、そこから「べし」(当為)としてのケアリングを導出するという点で、一種の倫理学的自然主義の立場をとっていること、2) ベナーの現象学的ケア論は、看護をケアリングの「実践」と位置づけ、その構造を看護実践における技能習得モデルによって説明するという、ケアリングの実践モデルを主張していること、3)この次元でのベナーの議論は、アリストテレス的な「実践」概念を踏まえたエウダイモニア主義の徳倫理学的特徴や共同体主義的な特徴を包摂していること。 ベナーのような観点を採用する場合、看護専門職における職業的責任とは、当該専門職が置かれている職業集団、すなわち職業的な共同体における役割に応じて期待される役割責任であり、それは、一種の道徳的技能として理解されることになることが明らかになった。しかし他方でベナーは、ケアと徳は別種の倫理的価値として理解しており、それを単に徳倫理学の一種として理解することもできない。全体としてみればその理論は、看護というケアリング実践をケアの倫理や徳倫理学だけではなく、それ以外の規範倫理学的立場も統合した、多元主義的で包括的な「統合理論」として構想していることになるのではないかと考えられる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の目的は、専門職におけるケアの倫理の位置づけを明らかにすることである。この目的を達成するために、看護専門職におけるケアの倫理に焦点を絞り、(ア)そもそも専門職とケアの倫理がどのような関係にあるかを「規範倫理学」と「応用倫理学の一部門としての専門職倫理」という観点から明らかにし、(イ)看護専門職において、存在論的な意味におけるケアと存在的な意味におけるケアがどのように関係づけられるかを、職業的義務あるいは「役割責任」という観点から明らかにする。この二つの問題点を検討することを通して、いわゆるケア専門職だけではなく、専門職一般におけるケアの倫理の位置づけを明らかにすることを目指している。 H27年度の研究計画は、(ア)の規範倫理学と専門職倫理との関係を明らかにすることであり、この計画を進めるために、二回の専門家によるセミナーを開催し、新しい知見をえた。その成果は、田中朋弘「専門職の責任-ビーチャム&チルドレスの倫理学理論を手がかりに」、『先端倫理研究』第10号 熊本大学倫理学研究室紀要 (10) 25-36、2016年という形で公表した。 H28年度の研究計画は、(イ)看護専門職において、存在論的な意味におけるケアと存在的な意味におけるケアがどのように関係づけられるかを、職業的義務あるいは「役割責任」という観点から明らかにすることであった。そのために、ベナーの現象学的ケア論に関する諸論考を検討し、ベナーの基本的な立場が明らかになった。研究成果の一部を、「専門職と自律-専門職倫理の観点から」(第48回日本医学教育学会、2016年7月29日)として口頭発表した。 以上のように、本研究計画における現在までの進捗状況は、計画に沿って概ね順調に進展している。
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今後の研究の推進方策 |
専門職におけるケアの倫理の位置づけを明らかにするために、H29年度は、ケアにかかわる専門職に対する質的調査を行い、H27年度およびH28年度に実施した文献研究の成果を踏まえて、より実践的な観点からの考察を進める。特に、専門職と道徳感情(特に「尊敬」)、専門職の卓越性、気遣いの対象とその内容などについて、より実践的な文脈から拾い上げる。この方針をうまく機能させるために、質的調査法に関する専門家の助力も随時仰ぎ、より精密な調査を行うことができるような工夫を凝らす。こうして得られた実証的な知見を文献研究によって得られた理論的知見と、相互に照らし合わせることによって、多角的な分析を行うことができるようになる。 他方で、H28年度に引き続いて、看護専門職において参照されている現象学的ケア論を専門職倫理という観点から明らかにするために、現象学的ケア論に関する専門家をセミナー講師として招聘し、彼らと対話することを通して、本研究の計画をより推進する。H28年度はフッサールの専門家を招聘してセミナーを開催したが、H29年度には、ハイデガーの専門家を招聘してセミナーを開催する。また、従来も進めてきた看護ケアに関する様々な文献を相互に連関づけて読み直すことによって、これらの議論に関する包括的で俯瞰的な見取り図を得ることを目指す。 最終年度のH30年度には、H27年度およびH28年度に実施した文献研究の成果、およびH29年度にケアにかかわる専門職への質的調査の成果を踏まえて、全体を総括する。
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