研究課題/領域番号 |
15K02006
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研究機関 | 熊本大学 |
研究代表者 |
田中 朋弘 熊本大学, 大学院人文社会科学研究部(文), 教授 (90295288)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | ケア / ケアリング / ベナー / 実践 / スキル獲得の五段階モデル / 熟達性 / 徳 / ケアの倫理 |
研究実績の概要 |
本年度は、年度内に三回の研究会を開催し、1)田中朋弘「ベナーのケアリング論-規範倫理学的観点から」(『先端倫理研究』第12号、熊本大学倫理学研究室紀要、pp.27-42、 2018年3月)、2)田中朋弘、「生と死をめぐる倫理-「気づかい」を手がかりに」、『生と死をめぐるディスクール(仮題)』(脱稿・共著出版予定)、として研究成果をまとめた。以下に、研究成果1) の概略を記す。 ベナーのケアリング論は、人間存在におけるケアリングの第一義性を出発点にして、ケアリング実践としての看護の本質について明らかにしようとした一連の議論である。ケアリング実践としての看護は、テクネーに関わる専門性とフロネーシスに関わる専門性に分けられ、卓越した実践者になるためには、それら両要素の熟達が必要となる。ベナーの議論に特徴的なのは、そうした構造を理解するために、「スキル獲得の五段階モデル」を採用して分析を行う点にある。実践は、その基盤として職業的なコミュニティを前提とし、実践に埋め込まれた諸善の達成が目標とされる。ベナーは、ケアの倫理を、いわゆる正義の倫理、手続き的な倫理、原理に基づく倫理よりも基底的と位置づけ、「達人レベル」に達した卓越した実践者は、そうした諸原理を文脈や関係性を飛び越えてただ無条件に適用するのではなく、実践に埋め込まれた諸善の達成を目標としながら、それをとりまく人間の関係性の中でそれらを位置づけることになる。ベナーは、自律は成人の発達の頂点ではなく、ケアと相互依存こそがその究極目標であると述べているが、それは自律を基底的な道徳的価値と見なす立場とは強い対照をなし、その点ではそれは「ケアの倫理」の系譜に位置づけられる。他方でベナーの議論は、「実践」や実践に埋め込まれた善を重視し、倫理的熟達や卓越性を重視するという点では、徳倫理学あるいは共同体主義的である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
専門職におけるケアの倫理の位置づけを明らかにするという本研究の目的を達成するために、看護専門職におけるケアの倫理に焦点を絞り、(ア)そもそも専門職とケアの倫理がどのような関係にあるかを「規範倫理学」と「応用倫理学の一部門としての専門職倫理」という観点から明らかにし、(イ)看護専門職において、存在論的な意味におけるケアと存在的な意味におけるケアがどのように関係づけられるかを、職業的義務あるいは「役割責任」という観点から明らかにする。この二つの問題点を検討することを通して、いわゆるケア専門職だけではなく、専門職一般におけるケアの倫理の位置づけを明らかにすることを目指している。H27年度の研究計画は、(ア)の規範倫理学と専門職倫理との関係を明らかにすることであり、その成果は、田中朋弘「専門職の責任-ビーチャム&チルドレスの倫理学理論を手がかりに」、『先端倫理研究』第10号 熊本大学倫理学研究室紀要 (10) 25-36、2016年で公表した。H28年度の研究では、(イ)看護専門職において、存在論的な意味におけるケアと存在的な意味におけるケアがどのように関係づけられるかを、職業的義務あるいは「役割責任」という観点から明らかにすることであった。研究成果の一部を、「専門職と自律-専門職倫理の観点から」(第48回日本医学教育学会、2016年7月29日)として口頭発表した。H29年度はケアにかかわる専門職に対する質的調査を行う予定であったが、その後ベナーのケアリング論の構造について、特に「スキル獲得の五段階モデル」という観点から更に検討を必要とするという判断に至り、H29年度はそちらを優先的に進めた。結果として、理論的な分析については一定の成果をまとめることができたが、質的調査については、看護師に関する予備調査を行うにとどまった。
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今後の研究の推進方策 |
専門職におけるケアの倫理の位置づけを明らかにするという本研究の目的を達成するために、H30年度はケアにかかわる専門職に対するインタビュー調査を行う。具体的には、予備調査の結果を元にして、特に専門職と道徳感情(特に「尊敬」)、専門職の卓越性や熟達性、気遣いの対象とその内容、技術と道徳性の関係、職業上の誇りとは何か、などについて、より具体的で実践的な文脈から拾い上げる。 他方で、H28年度に引き続いて、看護専門職において参照されている現象学的ケア論を専門職倫理という観点から明らかにするために、従来も進めてきた看護ケアに関する様々な文献を相互に連関づけて読み直すことによって、これらの議論に関する包括的で俯瞰的な見取り図を得ることを目指す。特にベナーのケアリング論は、ケアリング概念をめぐって多層的な概念が用いられていることから、それらが規範倫理学という観点からみてどのように理解できるかを見定める。 インタビュー調査によって得られた実証的な知見を文献研究によって得られた理論的知見と相互に照らし合わせることによって、より多角的な分析を行う。H27年度、H28年度およびH29年度に得られた研究の成果を踏まえて、全体の成果をとりまとめる。
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次年度使用額が生じた理由 |
年度末に実施した研究会のための旅費が、参加者の他の出張なども重なり速やかに確定できない状況が生じ、そのため当該年度の予算に助成金の残額が生じた。これについては、H30年度分として請求した助成金と合わせて、インタビュー調査のための費用の一部として執行する。
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