研究課題/領域番号 |
15K02014
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研究機関 | 東北学院大学 |
研究代表者 |
小林 睦 東北学院大学, 教養学部, 教授 (20292170)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 精神医学 / 記憶 / 解離 / ジャネ / エランベルジェ / 解離性同一性障害 / フランク・パトナム / ヴァン・デア・ハート |
研究実績の概要 |
平成28年度は、人間の意識の統合を可能にする〈記憶〉の機能を明らかにするために、〈記憶の障害〉である「解離」現象について検討する作業を行なった。実際には、以下の2点が主要な課題となった。 ①まず、19世紀末から20世紀初頭にかけて、P.ジャネが、「解離(dissociation)」という現象を、どのように捉えていたのかを確認する作業を行なった。ジャネの解離論は、現代の精神医学的な解離研究の重要な源泉となっているからである。具体的には、その主著『心理学的自動症(L'automatisme psychologique)』にもとづいて、彼の言う「心理学的統合不全(解離)」概念を精査した。その上で、19世紀末頃に「ヒステリー」と呼ばれたさまざまな「麻痺状態」が生じる原因を、「解離」という同じ一つの病態から解釈する理路を辿ることを行なった。また、ジャネの先駆性に関するエランベルジェ(エレンベルガー)の諸研究(『無意識の発見』『著作集』等)を参照しつつ、フロイトとは異なるジャネの解離論の意義を再検討することも必要となった。 ②次に、現代の精神医学における解離研究の成果を分析する作業を行なった。1960年から70年代にかけて行なわれたヴェトナム戦争以降、また、1995年に起こった阪神淡路大震災以降、北米や日本ではいわゆる「解離性同一性障害(Dissociative Identity Disorder:DID)」の患者の存在が報告されるようになった。こうした時代背景にもとづいて、近年の欧米では(そして日本でも)解離研究が大きく進展したと言える。本研究では、それら現代の解離研究のうち、特に重要な病態理論として、F.パトナムの学説(「離散的行動状態モデル」)、および、ヴァン・デア・ハートの学説(「構造的解離理論」)について検討することを行なった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
上記①の作業については、P.ジャネの『心理学的自動症(L'automatisme psychologique)』を精読し、そこで提唱された「心理学的統合不全(解離)」という概念を中心に、彼がどのような解離理論を構築しようとしたのかを検討することができた。 上記②の作業については、F.パトナムによる『解離─若年期における病理と治療(Dissociation in Children and Adolescents : A Developmental Perspective)』にもとづいて、彼が主張する「離散的行動状態モデル」について分析することができた。それに対し、ヴァン・デア・ハートの『呪われた自己─構造的解離と慢性的外傷体験の治療(Haunted Self : Structural Dissociation And the Treatment of Chronic Traumatization)』の第2部で展開されているジャネ論を読解することはできたものの、第1部で提示された「構造的解離理論」を十分精査することができたとは言えない。そのため、こうした作業は次年度も継続する必要がある。 以上から、若干の遅れはあるものの、研究はおおむね順調に進展している、と言うことができる。
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今後の研究の推進方策 |
平成29年度は、平成27年度と28年度の研究成果にもとづいて、記憶の構造を統合的に理解し、そこから考えることのできる「心のモデル」を提示することを試みる。具体的には、以下の2点が主要な作業課題となる。 ①まず、〈記憶の原理〉としての「連合〔=連想〕(Assoziation)」と〈記憶の病理〉である「解離(Dissociation)」とを比較対照し、両者の補完的な関係について考察する。そのような作業を通して、「連合」と「解離」の意味を相互的に照らし出すことができるからである。 ②次に、こうして「連合」と「解離」を比較検討することにより、記憶の基本構造を理解し、そこから推定しうる「心のモデル」を提示することを試みる。 以上のプロセスにおいて、本研究が作業仮説とするのは、私たちにとっての「心」のあり方は、はじめから統一されたものではなく、本来的に離散的な複数の記憶の体系として存在しているのではないか、さらに、ふだんは〈記憶の原理〉である「連合」の働きが離散的な記憶体系を統合しているが、「解離」は1つの記憶体系を別の記憶体系へと切り替える〈連合の病理〉として現われるのではないか、ということである。
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次年度使用額が生じた理由 |
6581円の残高が発生したが、少額であり本来の計画とのズレはわずかであるため、繰越金として処理をした。
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次年度使用額の使用計画 |
平成29年度の通常軽費に加算して、予定通り消化する。
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