研究課題/領域番号 |
15K02021
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研究機関 | 立命館大学 |
研究代表者 |
林 芳紀 立命館大学, 文学部, 准教授 (90431767)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 追加的ケア / 偶発的所見 / 部分委託モデル / 研究倫理 |
研究実績の概要 |
平成28年度は、医学研究者による追加的ケア提供義務の問題を、途上国臨床研究の倫理というより広い文脈の中から捉え返すという今年度の目的に照らして、主に以下の二点を検討した。 1 交流モデルの検討 追加的ケアの責務の新たな理論枠組としてT・メッツが提唱する「交流」(communion)モデルに着目し、それを部分委託モデルと比較検討した。交流モデルは、アフリカ・サブサハラ地方の伝統的な倫理(親密な関係性の中にある人々の交流関係、アイデンティティ、連帯の尊重を重視)を追加的ケアの問題に適用した、一種の関係性に基づくアプローチとして特徴付けられる。このモデルは、部分委託モデルのように被験者の自律の毀損やプライバシー権の放棄という事実に依拠することなく、研究者―被験者関係に基づいて研究者の追加的ケア提供責務の発生を説明する点で一定の評価に値する反面、研究者―被験者関係を「交流関係」として位置づける根拠の不明確さや、追加的ケア提供責務の射程や強度を確定する要素の不確かさの点で、従来の関係性に基づくアプローチと同様の限界を抱えていることが判明した。 2 健康ケイパビリティパラダイムモデルの検討 追加的ケアの責務の新たな理論枠組としてB・プラットらが提唱する、健康ケイパビリティパラダイムモデルの検討に着手した。この新たなモデルは、研究ホスト国(研究が実施される途上国)が抱える重大な健康問題に焦点を合わせ、その解消を正義に基づく責務として捉えるところから、追加的ケアの提供責務の根拠づけや射程の確定を試みる点が特徴的である。もっとも、このモデルは、センやヌスバウムの正義論を国際保健の正義の問題へと拡張するJ・ルガーのパラダイムに多くを依存している。そのため、その妥当性を検討するには、後者のパラダイムそれ自体の妥当性を、現在の国際正義論をめぐる議論の中で捉え返す必要性があることが示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
医学研究者の追加的ケアの問題をめぐっては、本研究の計画当初、H・リチャードソンが提唱する部分委託モデルが唯一の有力な理論枠組であった。しかし、今年度の研究成果に如実に示されているように、本研究の開始以後、部分委託モデルへの新たな対抗理論がいくつか提唱されるようになるなど、この問題をめぐる議論状況全体が徐々に活性化の兆しを見せている。本研究も、その最深の議論状況に照らしつつ考察を進めることにより、部分委託モデルの限界や国際正義論との接続可能性についての新たな知見を獲得することに成功するなど、概ね順調に進捗していると自己評価している。
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今後の研究の推進方策 |
今年度と同様、最新の議論の進展状況を追跡しつつ、必要に応じて検討の焦点を移動させるなど柔軟な対応を心がける予定である。とりわけ、国際正義論との接続可能性については、研究計画当初には予定されていなかったセンやヌスバウムによる正義論を新たに視野に入れる必要性を感じており、次年度にその検討を予定している。
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次年度使用額が生じた理由 |
当初予定されていた出張を都合により取り止めとしたことによる。
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次年度使用額の使用計画 |
翌年度に出張を予定している学会が遠隔地で実施されるため、その旅費に充当する予定である。
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