研究課題/領域番号 |
15K02043
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研究機関 | 九州大学 |
研究代表者 |
片岡 啓 九州大学, 人文科学研究院, 准教授 (60334273)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 錯誤 / ジャヤンタ / ニヤーヤ・マンジャリー / インド古典 / 校訂 / 写本 / 認識論 / Nyayamanjari |
研究実績の概要 |
当初の目標通り、紀元後9世紀頃のインド・カシミールの学匠ジャヤンタによって著わされた論理学書『論理の花房』の「唯識批判章」に含まれる「錯誤論」の箇所について、先行刊本2本、ジャンムー・カシミール州のシャーラダー文字写本1本、ケーララ州のマラヤーラム文字写本2本、その他のデーヴァナーガリー写本2本に基づきながら、サンスクリット語原典の新たな批判校訂本を作成、英語の解題と共に出版することができた。成果は、2018年3月刊行の『東洋文化研究所紀要』173号に掲載されている。本章について、従来、諸写本の異読を完全に記録した校訂本はない。錯誤論を扱う研究者に信頼できる一次資料を提供するものである。また、2016年度に刊行した同書の別章(同じく錯誤論を扱う)の批判校訂本について、対応する和訳を作成、詳細なテクスト構成分析と豊富な脚注と共に出版した。成果は、「ジャヤンタの錯誤論」として、『哲学年報』(九州大学)77号に掲載された。従来、インド哲学における錯誤論を扱った包括的な和訳研究は見当たらず、今後、錯誤論を扱うインド哲学研究者が先ず最初に参照する二次資料となることが予想される。錯誤論は、ニヤーヤ論理学・聖典解釈学のみならず、仏教やヴェーダーンタ神学においても重要な論題である。一分野を超えた貢献となるはずである。校訂本については、イェール大学での国際研究集会で各国からの参加者と読み合わせ、解釈その他の再検討を行った。ウィーン大学ではジャヤンタの関連箇所の他、密接に関連する学匠達のテクスト研究会に参加、ジャヤンタの思想における錯誤論の位置付けについて再検討を図った。本章でも扱われる仏教の認識論・錯誤論については、『南アジア古典学』12号および『インド論理学研究』10号に邦文で成果を発表しえた。仏教において錯誤の一種として扱われる言語認識については『印度学仏教学研究』に別途論文を掲載した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
当初の目標通り、『論理の花房』のサンスクリット語原典について、写本に基づいた校訂本と、豊富な脚注を付した和訳を作成することができた。校訂本については、『論理の花房』の現存諸写本中でも、最も重要であるバンダルカル東洋学研究所所蔵のシャーラダー文字写本を参照することができた。また、若干系統の異なる南インド文字の2写本も参照することで、今後の批判的研究に耐える水準の新たな校訂本を作成することができた。いっぽう、和訳については、広く関連資料を渉猟し、豊富な脚注と共に、内容解明に資する段落分析を行い、今後の「錯誤論」研究の基礎となる資料を作成できた。以上をもって、十分に当初の目標をクリアーしたと評価できる。また、イェール大学で行われた国際研究集会では、報告者の準備した新たな校訂本を資料として提供し、欧米日など各国から参加した諸分野の研究者の厳しいチェックの下、内容の再検討を行うことができた。当初の計画以上に研究が進展したと評価できる所以である。また、本章で扱われる仏教の認識論について、別途、2本の論文を個別にまとめることができたのも、当初の予定以上の進展である。さらに、本邦の全国学会である「日本印度学仏教学会」および世界的な仏教学会である「国際仏教学会」(International Association of Buddhist Studies)においても錯誤論と密接に関連する言語理論、および、認識論について、個別の発表を行った。前者については論文として2017年末に公刊された。これらも当初の計画以上の進展と評価できる理由である。さらに、錯誤知の一種である言語理解について、筆者の校訂本・論文・共著論文を含む研究書がウィーンのオーストリア科学アカデミー出版局より出版された。当初の計画をはるかに超える世界的な研究成果として評価できる。
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今後の研究の推進方策 |
これまでのところ、2016年度に作成したサンスクリット原典校訂本に基づいて、2017年度に和訳を作成することができた。同様に、2017年度に作成した新たな校訂本に基づいて、対応する和訳を2018年度に作成・公刊する予定である。これまで、当初の計画通りに進捗が見られる。2018年度は4年間のプロジェクトの最終年度にあたる。現在、その最終作業に取り掛かっているところである。研究成果である訳注研究を掲載する誌面については、これまでと同様、九州大学文学部『哲学年報』を予定している。以上が当初予定した作業である。また、これまでの研究成果を踏まえ、最終年度においては、より広い視点から「錯誤論」を見渡す視座を獲得する必要があると考える。より大きな文脈の中で「錯誤論」を位置付けるために、これまで、特に仏教説との関連に注目してきた。2018年度も、引き続き、仏教説に注目しながら錯誤論の果たす役割を詳細に跡付けたい。そのため、9月に東洋大学にて開催予定の「日本印度学仏教学会」で個別の問題を取り上げ、発表を予定している。また、同学会の『印度学仏教学研究』に日本語で論文を掲載する予定である。最終年度の2018年度は、さらに、錯誤論が大きな役割を果たすことになる解脱理論との関連も見ていく予定である。著者であるジャヤンタの解脱論については、別途、カナダ国ヴァンクーヴァーで7月に開催される「世界サンスクリット会議」(World Sanskrit Conference)で英語による発表を予定している。研究の一層の深化とともに、横の広がりについても配慮しながら研究を進め、国外・国内での成果発信を行う予定である。ジャヤンタ研究は、若手を中心に、世界的に新たな進展を見せつつある。世界の最新の研究動向を睨みながら、情報交換を密にし、緩やかに連繋しながら自身の研究を進めていく予定である。
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