最終年度の課題としていた研究は、『合部金光明経序』および『釈法純叙賛』の訳註の作成であった。 『合部金光明経序』は開皇17(597)年に起草されている。彦琮は長安の大興善寺と洛陽の翻経館において訳経に従事している関係から、漢訳経典の序文を26部ほど撰している。本序文はそれら26部の中で唯一現存するテキストである。それ以前に漢訳された『金光明経』のテキストは、章品の有無がそれぞれ異なっていた。そこで彦琮は各テキストの欠けている章品を相互補てんした新テキストに添えるために序文を撰述したのであって、対句をこらした美文に仕上げた文章は彦琮の高い文才を確認できることが判明した。 また『釈法純叙賛』は隋代の半僧半俗制度である菩薩僧となり、初代文帝の授戒の師でもあった釈法純に対する誄文である。この賛は決して長い文章ではないが、彦琮の数少ない現存する作品としてその訳註を作成した。これまでに詳細が報告されたことはなかったので、今後の彦琮研究の一助となるはずである。 さらに彦琮が作成した『浄土詩』についても初歩的な訳注を作成した。本書は初唐の浄土教家である善導の『往生礼讃偈』、そして中唐の浄土教家である法照の『浄土五会念仏誦経観行儀』にも引用されており、さらに我が国の聖武天皇による『宸翰雑集』にもその全文が引用されている。これら引用されたテキストを相互に比較することで、この『浄土詩』が単なる仏教の賛歌ではなく、中華の詩文学や音韻学の観点からも高く評価できる作品であることがわかってきたのは大きな収穫だった。とりわけ校訂テキストを作成する作業の中で、それ以後の中国浄土教の宗教音楽としての讃文から文学作品としての詩歌にまで高められていく分岐点にあることも判明した。今後はその詳細な訳註を作成する必要があると感じた。
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