本年度は4年間の研究の総括となる論文の執筆を中心に、今後の研究につながる以下の調査を行った。①静岡のラルシュ共同体「かなの家」をホストとして5月に開かれた「ラルシュ・アジア・フォーメーション」(アジアでラルシュとして活動する共同体と、今後ラルシュの一員になろうとしている共同体の代表者が集まり、国際ラルシュから派遣されたファシリテーターのもとで、ラルシュの精神と意義の共通理解、および、各共同体の独自性についても理解を深め、交流を図る勉強会)。②10月に開催されたカトリック障害者連絡協議会(カトリック系障害者支援団体の全国規模の協議会)全国大会。特に前者では、日本とアジアでカトリック精神に基づいて活動する共同体が立場の違いを踏まえて意見交換する場に立ち会い、障害者の立場の改善に向けた具体的活動について話を聞くことができ、非欧米圏におけるラルシュ共同体について新たな知見が得られた。また、世界中のラルシュ共同体が創設者ジャン・ヴァニエの精神によって結ばれるために、国際ラルシュが定期的に行う勉強会の活動と成果に触れられた。他方で各共同体がおかれた政治・経済的状況の違いへの具体的対応については、今後の研究課題となった。 4年間の研究期間中、ブドウ畑を有しワイン生産を行うフランスの共同体と、自立支援を積極的に行うイギリスの共同体で現地調査を行い、市場経済・市民社会におけるラルシュ共同体の意義について考察を深めることができた。また2018年に子どもに対する暴力撲滅のための国際会議に出席したことで、平和学についても研究が進んだ。これらの総括としての論文では、マーサ・ヌスバウムの社会契約論批判との異同を軸にジャン・ヴァニエの思想の意義を論じ、またラルシュ共同体の活動が、「人間の弱さ」を否定する「自律性至上主義」の社会にあって、人間が自らの暴力性に向きあう場として重要な実践であることを論じた。
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