研究課題/領域番号 |
15K02071
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
高久 恭子 (中西恭子) 東京大学, 大学院人文社会系研究科(文学部), 研究員 (90626590)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | ユリアヌス / 古代末期地中海世界 / 新プラトン主義 / 初期キリスト教史 / 宗教史 / 心性史 / インテレクチュアルヒストリー / 文学における宗教表象 |
研究実績の概要 |
平成28年度は、日本学術振興会研究助成金・研究成果公開促進費(学術図書・採択課題番号16HP5022)の助成を受け、単著『ユリアヌスの信仰世界 万華鏡のなかの哲人皇帝』を刊行した(慶應義塾大学出版会、2016年10月)。 同書の最終的な構成には本研究課題の問題意識を反映させた。第1章では「背教者」ユリアヌス像のイメージ・ネットワークの形成史を紹介した。第2章では単独統治権獲得以前のユリアヌスの宗教経験と教養文化への接触を論じるさいに、キリスト教著作家によるユリアヌスの人物像の描写の特徴を紹介した。第3章では単独統治期のユリアヌスの宗教政策に言及するさいに、教会史家によるユリアヌス治下のキリスト教徒の「抵抗」の諸相の描写について論じた。第6章ではナジアンゾスのグレゴリオス『ユリアヌス駁論』のユリアヌス批判を、また「おわりに」ではヒエロニムスからアウグスティヌスに至るキリスト教ラテン語著作家の「ローマ的過去」の回顧のなかのユリアヌス像を通して、古代末期地中海世界において宗教的帰属を超える共通の知的財産として理解された教養文化の意義と宗教の関係を論じた。 日本宗教学会第75回学術大会(早稲田大学、2016年9月)でのパネルセッション「唯一神教の世界宗教史再考」では、報告「『長い古代末期』の宗教史を書く」を担当し、2世紀からポスト・ローマ期/聖画像論争期に至る地中海世界の宗教史を書くための試案を提示した。 古代末期の文学作品と宗教表象研究の意義を紹介する活動として、『現代詩手帖』2016年9月号「古典詩への誘い」特集に「叙景と引証とわたし、ある古代末期文学紹介の試み」を寄稿した。ここでは古代末期の詩文における叙景と引証と「私」語りに顕れる抒情を紹介し、アウグスティヌス『告白録』やボエティウス『哲学の慰め』などの作品に言及した近現代日本語詩歌の系譜における「古代末期」のイメージを論じた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本研究課題の目標は、古代末期における「背教者」ユリアヌス像のイメージ・ネットワークの形成過程と、現代に至るその受容史を描出することにあった。 この課題はおおむね『ユリアヌスの信仰世界 万華鏡のなかの哲人皇帝』に織り込んで提示することができた。同書ではまず、古代末期から現代に至るユリアヌス像のイメージ・ネットワーク形成史の概要とともに、日本におけるユリアヌス受容の過程で顕れる日本語文学における歴史研究と文藝創作の相克について言及し、古代宗教表象受容史研究に新たな着眼点を提示した。ここでは、折口信夫の『古代研究』サイクルと作品世界に反映されたドミートリイ・セルゲーエヴィチ・メレシコーフスキイ『神々の死』の読書体験に言及した。さらに『神々の死』とイプセン『皇帝とガリラヤ人』を扱った大類伸の論考と、辻邦生『背教者ユリアヌス』に対する秀村欣二と高橋秀の応答にも着眼し、近現代日本における歴史研究と創作の相克の問題を論じた。また、古代末期のキリスト教著作家がユリアヌスの事績に詳細に言及するとき、ユリアヌスの姿は「教会を庇護すべき存在でありながらその期待を裏切った残酷な棄教者」にとどまらず「哲人皇帝を希求して挫折した文人」としても描かれる傾向があるが、他方でその宗教政策がもたらした混乱の諸相は「迫害帝の再来」の帰結として描かれる傾向にあることを明らかにした。 単著刊行の結果、本研究の成果をより広い読者に問うために、古代末期地中海世界におけるキリスト教と諸宗教の相克と共存の状況とともに、当時の精神文化における「父祖伝来の宗教」の回顧の系譜と神話論の系譜を明らかにし、積極的に紹介してゆくことが急務であることが判明した。この視点に立って、ユリアヌスの著作群の翻訳・注解作業を進めるとともに、古代末期地中海世界の宗教史のなかにユリアヌスの事績と思想を位置づける評伝の執筆を新たに行うこととなった。
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今後の研究の推進方策 |
ユリアヌスの著作群の邦訳の刊行を目標として、翻訳・注解作業を引き続き行う。このとき、ユリアヌスの著作群の解釈に資する周辺諸史料の紹介可能性を検討する。可能であればユリアヌスの宗教政策に呼応して書かれたとされるサルスティウス『神々と世界について』の宗教観とユリアヌスの宗教観の比較を試みたい。 翻訳・注解作業と並行して、古代末期地中海世界、とりわけコンスタンティヌス朝の宗教史のなかにユリアヌスの事績と思想を位置づける評伝(『ユリアヌスの生涯と思想』(仮題)、慶應義塾大学出版会より刊行予定)の上梓に向けて、研究と執筆を行う。同書には評伝部分に対する「著者による解題」を付すこととなった。ここでは「背教者」ユリアヌス像のイメージ・ネットワークとユリアヌス・ロマンの形成過程を明快に提示し、後世に与えた精神史的意義を検討する。 さらに、古代末期地中海世界の宗教史のなかにユリアヌスの事績と思想を位置づける作業として、ポルピュリオスとイアンブリコス以降の「異教的」新プラトン主義の神話論の系譜と、エウセビオス『福音の準備』からアウグスティヌス『神の国』、キュロスのテオドーレートス『ギリシア病の治療について』に至るキリスト教著作家の「ローマ的過去」の回顧の系譜を中心に、古代末期の著作家たちにとっての「父祖伝来の神々」とその祭祀に対する解釈の系譜を検討する作業を行う予定である。
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