今年度は、中世における夢想や秘説のエクリチュールのなかでも、特に「天皇」に関わる記述を中心に分析し、「天皇」が語られる基盤となる仏教的世界観や世界像をとらえた。今年度は最終年度となるため、研究成果のまとめとして単著の刊行、海外(イギリス)での研究発表を行った。 研究では、「天皇」を通じて語られた秘説や夢想にみる世界観が、歴史的な意義をもちながら、外的・内的要因により別の世界観に変容したり、それ自体が解体していく過程を見通した。分析対象とする秘説や夢想は、そのまま史実や事実に直結する史料ではないが、これらをその時代の人々の思想的フレームとし、神仏や「天皇」を捉えるための一つの表現形式として捉えた。夢想や秘説もこれまで偽所や偽文書の範疇に入れられた言説群であるが、中世特有の思想的フレームや表現形式として捉えた場合、その社会的有効性や汎用性をはじめ、アジア文化圏の事例により相対化する必要があるなど、さらに大きな課題が浮かぶ。改めてエクリチュールの問題としても考察する余地があり、中世日本における文化史や心性の問題とも交差するものである。 本研究では、前近代に特有な言説世界に登場する観念的な場所概念を、地理概念である「場所性」の問題に捉え、秘説や夢想における記述が何故特定の場所や人の位置を観念的に作り出すものであったのか考察を試みた。ただし、その文化的特性の追究については、今後、前近代の地理認識の問題と合わせて考察する必要がある。近代化によって観念的な場所自体が解体されるが、残された課題については思想史や文化史、文学の問題として考察を深めていきたい。
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