インドネシア共和国・バリ島において宗教的マイノリティであるムスリムの芸能活動とその歴史的背景を明らかにするために、本年度は2017年8月と2018年2月に計約50日間、バリ島とロンボク島で現地調査を行い、下記の知見を得た。 (1)北部山間部で伝統舞踊の実践を確認した。(2)バリ全域で現代的なイスラム音楽がジャワから伝播し、特に若い世代に浸透しつつあることが分かった。(3)東部の事例で調査開始時に比べ、上演活動の活発化を確認した。背景に村落外部での上演機会の増大と、子供への伝承が活発化に伴う伝統文化に関する意識の高まりが指摘できる。(4)ロンボク北部の伝統舞踊ルダットの実態を調査し、バリのルダットとの様式上・実践上の比較を行った。 調査結果に基づき国際伝統音楽学会大会(アイルランド)、東洋音楽学会大会(沖縄)及びインドネシア芸術学院パダンパンジャン校において英語、日本語、インドネシア語で論文発表を行い下記の点を論じた。(1)ヒンドゥー王族の儀礼におけるムスリムの演奏事例(東部バリ)において、芸能が宗教の差異を超えた包摂的な共同体意識の育成に貢献していること。(2)音楽実践を通したヒンドゥー教徒とムスリムの協働関係は王国時代、植民地支配、インドネシア独立、現代と社会的変化を経ながらも基本的に維持されている。(3)楽器文化を複数の要素のネットワークとしてとらえる視点から、ムスリムの太鼓ルバナを捉え、民族誌的楽器研究の新たな方法論を提案した。 本研究の全体的な学術的意義は以下である。(1)従来調査されたことのない複数のムスリム集落で調査を実施し、芸能の実態を記録した。(2)芸能が宗教的マイノリティとマジョリティの関係性の構築に寄与することを示すさらなる事例研究を蓄積した。(3)バリとロンボクの芸能の比較考察により、今後インドネシア全域のムスリム文化について考察する素地ができた。
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