最終年度にあたる29年度において、研究代表者である秋庭は、2つの作業を行った。ひとつは、これまでの感覚言語を基礎に置いた触覚美学研究の成果を確認するため、触覚美学研究で得られた知見を、実際の芸術作品の解釈に適用するという作業である。この作業は、一見して異なるジャンルのものにも適用が可能であれば、それだけ触覚美学研究の基礎にある感覚言語の考えの妥当性が確認できるとの想定に基づき、種々のジャンルの芸術作品に対して行われた。具体的には、引き剥がしと呼ばれる、非常に触覚性の高い版画の手法を用いた芸術作品について、などである。もうひとつは、(当科研は29年度で終了であるが)今後さらに触覚美学研究と科学的研究との共同の進展をもたらすために、感覚言語(美的なもの)の数学的表現の可能性を探るという作業である。もちろん、秋庭は数学者でも自然科学研究者でもないため、その貢献はあくまで美学理論の観点からのものである。研究分担者の鈴木泰博准教授(名古屋大学)は、前年度までの研究成果を引き継ぎつつさらにそれを発展させて、感覚言語の考えを支えている「触譜」に基づく触覚デバイスの考案、ならびにその触覚デバイスにより生成された独自の触覚刺激に対する生体応答についての研究を行った。さらに鈴木准教授は、その感覚言語研究を基礎づける作業を、日本が世界に誇る研究者である南方熊楠、彼の自然哲学を計算機科学・数学の立場から徹底的に読解することを通して行った。
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