昨年度の研究に引き続いて、プロティノスにおける感覚の理論が、彼自身の形而上学的な哲学思考の中に必然性をもって組み込まれていることを確認して、その思索の内実を捉えて美学的な意義についての考察を深めることを課題とした。今年度は、とりわけ「把握」(アンティレープシス)の概念がいかにプロティノス美学の中で、感覚(アイステーシス)の機能との関連で働いているかの考察に取りかかった。現代にも通じる美学的な意義については、フランスの哲学者のミシェル・アンリのカンディンスキー論との比較を学会において発表し、学会誌に掲載されることとなった。そこでは、プロティノスのエイドスの概念とそれに関係する感覚機能とをアンリの理論におけるフォルムの位置づけと対比しつつ考察し、プロティノスにおいても、アンリにおいても、見えないレヴェルと見えないレヴェルのエイドスとフォルムとの関連づけが感覚との関わりで議論されており、見えないエイドスやフォルムが見えるエイドスやフォルムに先行する点も強調した。その結果、プロティノス美学の創造性に関わる一側面を考察することができた。また、形の内在性の観点から日本の思想との比較も行なった。さらに、プロティノスが依拠しているプラトンの哲学思想との関係性について、フランスのトゥールーズの大学で発表の機会を得て、プラトンの思想に対応する思索展開がプロティノスの美の理論にあることを指摘して、プロティノスにおいて美を捉える働きとしての感覚(アイステーシス)が、肉体的・物体的な美を感覚するだけではなく、それとは区別されて、イデアのレヴェルの存在をその痕跡とともに把握する知性的働きに通じる側面ももつことを主張した。以上により、プロティノスにおける感覚機能の特質を知性的な働きとの関連で捉える考察を進めることができた。
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