本研究は、建築史・美術史・デザイン史家ニコラウス・ペヴスナーの社会改良を目的とした執筆、社会活動に焦点を当て、これまで注目されることのなかった社会改良家としてのその実像に迫ろうとするものであった。最終年度は、本研究課題を実施するうえで着目した4つの視点―1)ペヴスナーの芸術文化史学の研究手法に向けられた批判の系譜、2)ペヴスナーによる中世的精神の近・現代的意義に関する主張、3)ペヴスナーが第2次世界大戦後の英国デザイン産業に向けて発信した社会改良的提言、4)ペヴスナーのプロテスタント・キリスト教観と芸術文化的関心の関連性―について、それぞれまとめの考察を行った。特に、同時代の一般市民の芸術的素養の育成と産業デザインの質の向上を具体的な目標に定め、芸術・デザイン関連の雑誌編集、一般読者向け記事の執筆、ラジオ講演等を通して、広くデザインに関する国民的関心を啓発し、一般市民の日常生活の向上に芸術文化史的側面から貢献しようとしたペヴスナーの活動に重点をおいて検討した。 ペヴスナーによれば、20世紀中葉の様式は、モダン・ムーブメントと称される「装飾を排した、簡潔で、すがすがしい形状」によって、過去のいかなる時代よりも優れたデザインを生み出し得る可能性を豊かに内包していた。そしてモダン・デザインの時代こそ、「安価でデザイン性に優れた産業デザインの存在」に社会の目を向けさせることによって、一般市民の美的素養の育成を図る絶好の機会であった。芸術文化史研究の対象として大量生産品に注目したペヴスナーの諸活動には、20世紀社会の諸条件と要求を「含畜する様式」としてのモダン・デザインに、階級的制約を超えた一大社会運動としての美的素養育成の鍵を発見しようとした彼の意気込みと理想を読み取ることができる。 本年度の研究成果の発表は、国際学会発表2件、国内学会発表1件、邦文論文1編の執筆を通して行った。
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