研究課題/領域番号 |
15K02137
|
研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
伊藤 大輔 名古屋大学, 人文学研究科, 教授 (00282541)
|
研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2020-03-31
|
キーワード | 美術史 / 日本中世美術史 |
研究実績の概要 |
本年度は、研究期間の三年目にあたる。主たる活動しては、昨年度展覧会等を通じて、甲乙丙丁の全四巻の全体を実見する機会を多く得た「鳥獣人物戯画」について、研究を推進した。特に、本年度においては原稿執筆に焦点を合わせ、これまで提出された先行研究における論点整理、作品解釈の視点の整理等の作業を通じて、新たな解釈視点を得る事に努めた。「鳥獣人物戯画」は詞書が存在せず、この絵巻が一体何を描いたものなか、その意味内容に関しての解釈は諸説紛々の状況である。但し、先行諸説を通観してみると、年中行事の戯画化など、この絵巻が持つ裏の意味を一つに特定しようとする議論から、近年では院政期文学に特に顕著な「類聚的」傾向を反映して、絵巻全体に一貫した意味性を見出すのではなく、多彩な諸文脈の集合体と捉える傾向に向かっている。 筆者も同時代の文学との類比によりとらえるおおよその方向性については賛同するものの、『今昔物語集』のような文学の類聚と絵巻の構造は異なる点にも注意すべきと考える。すなわち、「鳥獣人物戯画」は、『今昔物語集』のような細切れの短編の集成ではなく、切れ目なく変転する場面が連続する構造をもっているのである。この連続的変転という構造に注目して、「鳥獣人物戯画」についての新たな解釈を提示するための論文執筆を進めている。本年度中には発表の場を得ることが出来なかったが、次年度以降の発表について鋭意準備中である。 また、研究の薄い鎌倉後期、特に両統迭立期の美術について、新たな研究に着手した。このテーマについては、既に『天皇の美術史 第二巻』(吉川弘文館)に主たる部分は発表してはいるが、当該期の文学などの新たな文脈を導入することにより、天皇の権力を可視化する装置としての美術という固定的な論点を打破することを目指して、鋭意準備中である。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
昨年度は、本研究の主要対象と定めている「鳥獣人物戯画」の実見に注力したため、作品の物質的な状態の確認や様式的特徴などの情報を多数得ることが出来た反面、それら多数の情報を思考の材料として、学術的な論を立てるところまで煮詰めることが出来なかった。本年度はその反省に立ち、昨年度得られた作品情報を自分なりに咀嚼し、新たな解釈視点を打ち立てることに努めた。その結果、院政期から鎌倉期にかけて流行した文学の構造との類比によって新たな解釈が可能であることを発見した。この解釈視点を示すために論文執筆の準備にかかり、平安末から鎌倉期にかけての文学研究についての諸論を収集し目を通すこともおおよそ完了した。この時点で、論文の下書きに入り、文学研究諸論の収集と消化と同時並行的に論文完成に向けて進むことができた。本年度に発表の場を見出すことが出来なかったが、次年度に向けてより完成度を高めてゆく基礎を築くことができた。 また、研究の薄い両統迭立期の美術についても、文学研究を取り込むことで新たな歴史モデルの構築についてのアイデアを得ることができた。特に政治権力との関係性に偏りがちであった美術史解釈に、よりパーソナルな視点を並列させることで、当時の人々と美術のより感覚的で心情的な関係性を考察し得る可能性を見いだせたことも一つの成果である。この点についても一層研究を進め、次年度における論文発表を目指している。以上によりおおむね順調に進展していると評価できる。
|
今後の研究の推進方策 |
上述のように、本年度は、「鳥獣人物戯画」および両統迭立期の美術という二つの主題に対し、新たな解釈視点の確立、そして論文構想の練り上げと執筆という一連の作業を行ってきた。これらは、過去の実地調査により得られた情報を具体化し、かつまた一旦まとめ上げた研究成果をより発展させようとするものであり、次年度もこの方向性に沿って、論文の執筆および発表を目指してゆく予定である。 また、「鳥獣人物戯画」は鎌倉初期、両統迭立期の美術は鎌倉後期に相当するため、これら二つの主題による論文の成果を踏まえることで、鎌倉時代美術全体を見通した歴史記述を構築できる可能性が見出されると考えられる。次年度以降は、これまで得られた個別の研究成果を踏まえつつ、最終的な目標である鎌倉時代宮廷美術史という視点からの総合的な論を構築する準備を行いたいと考えている。 しかし一方で机上の空論になることを避けるため具体的な個別作品の研究も継続して行ってゆく。具体的には、かつてジェンダー論的視点や公武対抗史観から解釈されてきた「男衾三郎絵詞」を研究の対象として現在考えている。この作品を具体的に分析することによって、上記、現在通説的になっている解釈視点に対して別の解釈視点を提示することを試みたいと考えている。文献史学と同様、鎌倉時代美術研究でも、後嵯峨天皇以後の両統迭立期の美術研究は遅れているので、この時期の美術について具体的作品論を増やす必要性があることは明らかであり、少しでもそれに応えるように研究を進める方針である。
|
次年度使用額が生じた理由 |
本年度においては、時代の進展に伴い電子化が進んだため、申請当初に紙媒体を想定して予定していた論文や資料の複写代、写真の焼き付け費、フィルム代、複写論文の取り寄せ料、郵便費などが大幅に未使用になったため次年度使用額が生じた。 次年度においては、電子媒体で入手した諸資料を適切に保存するための機器、および有料の電子化資料の購入など、時代の進展に伴う電子化の趨勢に対応するための費用として使用する予定である。
|