今年度は、昨年度以来の主要なテーマであった「鳥獣戯画」の研究に特に注力した。この絵巻の甲巻について、擬人化という観点から特色を分析し作品制作の背景や文脈について考察した。また、甲巻のみならず、従来研究の俎上にほとんどのせられていなかった乙・丙・丁巻についても研究を行い、四巻全体を通して「鳥獣戯画」の歴史的意義を考察した。現在「鳥獣戯画」研究については、諸説が十分に噛み合うことなく乱立している状態であるが、一人の人間が一貫した視点から作品についての記述を行うことで、作品解釈に一定の基準が打ち立てられるものと期待される。 さらに、解釈の方法論として文化人類学や哲学の成果を援用し、美術史のディシプリンを超えた学際性を与えることもできたのではないかと考えている。 また、甲・乙・丙・丁四巻を通じて考察することで、それぞれの巻が成立した時期の画壇の状況や志向の違いもあきらかにできた。これまで、鎌倉時代の宮廷絵画史を系統化するのに、筆者の研究においては、似絵を中心に時期区分を行っていたが、今回「鳥獣戯画」四巻の時代性も明らかにすることで、似絵を基準にした時期区分の妥当性を保証することが可能になった。実際、丁巻においては、似絵風の人物が画中に描かれ、似絵と「鳥獣戯画」は作品として交差するのであるが、そうした丁巻における似絵風人物登場の過程を辿ることで、鎌倉時代宮廷画壇史の展開のモデルについてより具体的で詳細な内容を把握できるようになったと考えている。これまで丁巻について専門的な論考は出されていないが、今回実地調査を行い、専門論文を執筆した。 以上により、鎌倉時代の宮廷絵画史を系統化して理解するためのモデルを打ち立てるという本研究全体の目的も一定程度達成できたものと考える。 なお、「鳥獣戯画」についての考察については研究公開促進費の助成を受けており、2020年度中に出版の予定である。
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