研究課題/領域番号 |
15K02156
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研究機関 | 福岡大学 |
研究代表者 |
浦上 雅司 福岡大学, 人文学部, 教授 (60185080)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | ジャンバッティスタ・マリーノ / 詩的模倣論と絵画論 / 17世紀ローマ民衆文化 / 17世紀ローマ絵画収集 / 17世紀ローマ美術需用 / 兄弟会と宗教美術 |
研究実績の概要 |
本科研研究の二年目だった昨年は、1575年、1600年、1625年の大聖年に合わせてローマを訪れた人々がどのような宗教活動を行い、またさまざまな聖堂に飾られた祭壇画などをどのように受容したのか、主として兄弟会の活動に注目し、同時代文献に基づいて調査した。 特に興味深く思われたのは、大聖年に際して、サンテイッシマ・トリニタ・デイ・ペッレグリーニ兄弟会を中心とするローマの兄弟会の活動であった。この時期、ローマの世俗信徒組織であるいくつもの兄弟会は、ローマを訪れる各地の巡礼の世話など極めて効率的に行い、また日常的な宗教活動も行っていたのだが、そこには社会の上層部から下層部までの人々が参加していた。もちろん、組織の指導部は上層社会の人々に占められてはいたが、兄弟会組織はローマ市民の宗教的連帯感を高める役目を果たしていたのである。 また、これまでの文献調査によって当該時期のローマでは極めて多様な出版物が刊行され、少なくとも文章を読む能力のある人々は、かつてなかったほど多様な知識を得る可能性を獲得していたことが判明した。ヴァチカン図書館で、この時期に公刊された数百点の文献を調査したが、宗教的逸話や聖人伝だけでなく、クイズの本や貴族のゴシップ、トルコとの戦争の記事など、現在の大衆向け週刊誌の目次を見るような多様さに驚かされた。 この時期の美術論について、詩論との関わりという側面から考察するために、詩人ジョヴァン・バッティスタ・マリーノの詩的模倣論と同時代の美術論との関わりについて考察した論文を公刊した。マリーノだけでなく、社会の広い階層に美術への関心が根付いていったこの時期、同時代の画家たちが、それまで以上に一般庶民の美術への関心を念頭において、誰もが訪れる聖堂を飾る作品を制作したことは間違いなく、これが三年目の総括的課題となる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究は、16世紀から17世紀にかけてのローマにおける、特に宗教美術に焦点を絞って庶民がどのように、それを受けいれたか、多角的に考察し解明することが主たる目的である。これにかんして、近年、ローマにおける絵画収集が社会の上層部だけでなく、ごく一般的な庶民にまで広まっていたことが、さまざまな具体的事例の研究によって明らかになってきた。当該時期のローマにおける庶民への美術の浸透に着目した、申請者の当初の意図は17世紀ローマ美術研究の流れに沿っていたのである。 二次的な研究書や論文の多くは、インターネットが発達した現在、日本にいても入手可能だが、二年目の2016年度は、申請時の計画に沿って、ヴァチカン図書館を初めとするローマでの現地調査を行い、宗教パンフレットだけでなく、同時代の世俗的庶民向けのパンフレットを調査し、美術作品との関係に留まらず、文化一般へとの関わりの点でも、16世紀末から17世紀にかけて、印刷術の普及に伴い、庶民文化は飛躍的に豊かになっていたことが明らかになった。 また、研究実績の概要でも触れたように、主として同時代文献や二次的文献の調査により、16世紀後半から17世紀初頭にかけて、ローマのさまざまな兄弟会が社会階層を越えて宗教活動を体系的に行っていたことが確認された。兄弟会は自分たちの聖堂や礼拝堂を持ち、そこにもさまざまな聖画像がおかれているのだが(特に注目されたのは、サンティッシマ・トリニタ・デイ・ペッレグリーニ聖堂)、それらは兄弟会に参加するさまざまな階層のローマ市民にのみならず、ローマを訪れて彼らの世話になる人々にも向けられていた。 このように、本研究二年目は、具体的な聖画像の表現上の特質や、聖堂内の装飾の有様など、同時代の聖堂美術を同時代のローマ庶民文化の枠組みで考察する具体的な一歩を踏み出せた。
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今後の研究の推進方策 |
これまでの調査によって、16世紀末から17世紀にかけてのローマにおける民衆文化の広まりについて、具体的事例によって知ることができたが、16世紀から17世紀にかけての出版文化の普及と庶民の文化的レベルの向上の関係については、ドイツやオランダ、イングランドなど、新教圏について語られることが多く、旧教圏、特にイタリアにおいては、庶民は、新教圏におけるほど印刷文化に馴染むことがなかったと、おおまかに語られるのが通例である。 確かに、聖書の俗語訳の流布が禁じられたように、旧教圏では、聖書の解釈など微妙な問題に庶民が深く関わるようなことは許されなかったかもしれない。聖画像にかんしても、パレオッティの『聖俗画像論』にあるように、求められたのはカトリック教会の見解を正しく、また説得力を持ってつたえるような表現であったのは間違いないだろう。 しかしながら、社会のさまざまな現象を安価に伝えるパンフレットが多く出版され、それまでにないほど庶民の間に普及していたこと、絵画を自宅に飾ることが普及していたという新しい状況が生まれていたこと、などを勘案すると、サン・ピエトロ大聖堂はもちろん、ローマの諸聖堂に描かれた宗教画を見る人々の目も、それまで以上に「肥えて」来ていたことは確かと想像される。 研究三年目に向けて、このような観点から、サンティッシマ・トリニタ兄弟会付属の聖堂など、17世紀初頭のローマで描かれ、庶民も多く目にする機会があった兄弟会の聖堂などに描かれた聖画像の特質を考察するのが、今後の主要な研究テーマとなる。 読書力のある庶民が美術体験について書き記した日記などあるか、まだ不明だが、一般庶民の家庭にまで宗教画、風景画など普及しつつあったことを念頭におけば、17世紀初頭のローマにおける庶民と美術の関係についての考察は、まだ深めることが可能なことは間違いない。
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次年度使用額が生じた理由 |
本年度は3月に一度、東京まで資料調査に出かける予定であったが、体調不良によって中止し、その分の金額が次年度使用額となってしまった。
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次年度使用額の使用計画 |
平成29年度は本研究の最終年であり、ローマ出張の予定を組み、また、東京での資料調査を精力的に行い、与えられた予算を有効かつ有益に活用する。
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