本研究の目的は、17世紀ローマの聖堂装飾を庶民がどのように鑑賞し評価したか、同時代の資料によって可能な限り解明することにあったが、当然予測されるように、文書資料として残されているのは知識人の手になるものだけで、無筆な庶民が直接的に聖画像を論じた資料は見いだせない。しかしながら、当時のローマで活躍した人文主義者アグッキが「庶民は現実的表現を好む」と指摘するなど、庶民の美術嗜好について知識人たちも言及しており、知識人の論述から庶民の美術観を間接的に考察することは可能だった。こうした前提に立って、詩人であるジャン=バッティスタ・マリーノの「詩的模倣論」に見られる絵画鑑賞の様々なレベルについての論述や、美術評論家ジュリオ・マンチーニの『絵画省察』を取り上げ、彼らの見解がどの程度まで庶民のそれを反映しているのか検討した。 マンチーニによれば、この時期、絵画を室内装飾に用いることが都市ローマに普及し「ほどほどの暮らしをする人たち(queldi mediocre stato e fortuna)であっても絵画を買って楽しむ」時代となっていた。この時期のローマにおける絵画の普及については社会史的研究も進んでおり、室内装飾として壁面に絵画を飾ることが決して豊かではない人々の間にも普及していたことが遺産証書などからも確認されている。対抗宗教改革期のローマ・カトリック教会が、聖画像によって庶民を教化しようとしたことも、人々の美術への関心を高める一因となっていた。平成30年度は、こうした17世紀初頭のローマ社会における聖画像への庶民の関わりの変化をうかがわせる「徴候」についての知見を深めることができた。個人的な問題解決に忙殺されて成果物を作ることができなかったのは残念だが、当該時期のローマ美術界に関する社会史的知見は確保できた。これは今後の研究に活用される。
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