研究課題/領域番号 |
15K02180
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
木下 千花 京都大学, 人間・環境学研究科, 准教授 (60589612)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 検閲 / 日本映画史 / 内務省 / 占領期 / ジェンダー / 性労働 / リプロダクティヴ・ライツ / 科学映画 |
研究実績の概要 |
本年度5月に単著『溝口健二論―映画の美学と政治学』(法政大学出版局)を上梓した。本書は1930年から1956年の没年に至る映画監督の作品を対象とした作家論であるが、第4章、第6章はそれぞれ内務省と連合国占領軍による映画検閲を検閲台本を中心とした一次資料に基づいて詳細に記述・分析している。『月刊シナリオ』『表象』に掲載された書評でも検閲台本の人文学的映画史研究の部分が評価された。平成28年度下術選奨文部科学大臣新人賞(評論等)を受賞。 7月に日本映像学会映像テクスト分析研究会研究会で『溝口健二論』で本格的に取りあげることのできなかった『噂の女』(1954年)について研究発表を行ったのをきっかけに、京都市内の花街に焦点をしぼり、内務省の検閲によって厳しく制限された性労働の表象がポスト占領期、売春防止法をめぐる国会の議論をバックに流行し、旧映倫の自主規制とのせめぎあいのなかである種のジャンルとして確立されてゆく過程を跡づける研究に着手した。8月には東京国立近代美術館フィルムセンターで関連作品の特別映写を行った。29年度には日本語査読論文として発表したい。 こうして映画における性表現について研究を進めるうち、映倫改組(1956年)以降の科学映画、性教育映画、ピンク映画(1960年代以降、メジャーの外で製作・配給・上映される低予算のソフトコアポルノ)に関心を広げた。とりわけ、放射性物質の被害を告発する亀井文夫の科学映画『世界は恐怖する』(1957年)の優生学的な性と胎児の表象に着目し、1月に国際日本文化研究センターでの研究会「3.11以後のディスクール/日本文化」(ミツヨ・ワダ・マルシアーノ代表)、3月には英語版をSociety for Cinema and Media Studies年次大会で発表した。3月に米国国立公文書記録管理局で占領軍映画検閲官について文献調査を行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
内務省および占領軍の検閲についての本格的な記述・分析を含む単著を出版し、花街の表象、科学映画と優生学など来年度の論文出版に向けて研究テーマを絞って発表する機会も得ることができ、研究は概ね順調に進んでいる。NARA(米国国立公文書記録管理局)において占領期映画検閲の文献調査も行い、検閲官についての研究に着手すると同時に、CIE(社会情報教育局)の映画演劇班の会議録を見直すことで国会図書館憲政資料室におけるマイクロフィルム調査では得られなかった通時的な見通しを得た。 しかし、本年度の首都大学東京から京都大学へと移動したことため、松竹大谷図書館、東京国立近代美術館フィルムセンターなど東京圏のアーカイヴにおける検閲台本の調査とリスト化が当初の計画ほどには進んでいない。同様の理由で、内務省の検閲官についての調査も、千代田区立図書館で行われた図書検閲官のバックグラウンドについての講演(2月)に参加し情報を得る段階に留まっている。また、神戸映画資料館では5月に『溝口健二論』の検閲研究についての講演を行い研究交流を重ねているものの、「お産映画」の特別映写と調査は来年度への課題として残されている。 一方、研究環境の変化による研究の進展も多々見られる。まず、京都大学人文科学研究所では「オーラル・ヒストリー・アーカイヴスによる戦後日本映画史の再構築」(谷川建司代表)をはじめとした研究会に参加して日本近代史・日本美術史の専門家とも研究交流を行い、花街映画研究への重要なヒントを得た。また、人文研では関西圏の映画文化、とりわけマルクス主義運動系の映画上映運動に関する大規模な資料受入・整理・分析の作業に参加し、今後の検閲文献研究への重要な補助線となる資料群を発見した。さらに、日文研の北浦寛之氏から東映京都撮影所の資料室を紹介され、東映作品に限らない本格的な台本のコレクションの所蔵を確認した。
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今後の研究の推進方策 |
ポスト占領期の花街映画について5月には人文研の研究会「近代京都と文化」で、6月には英国のセインズベリー日本藝術研究所で発表が予定されているため、これをきっかけに戦後の花街・遊郭の表象と検閲についてひとまず論文をまとめ、9月には日本語査読誌に投稿したい。 6月には中国の上海戯劇学院で開かれるWomen and the Silent Screen学会で入江たか子プロダクションの『満蒙建国の黎明』(1932)について口頭発表し、これまであまり研究されてこなかった日本映画における中国の表象と検閲の関係について分析する。 夏にはデイヴィッド・デッサー氏(米国イリノイ州立大学シャンペイン校名誉教授)編集のThe Blackwell Companion to Japanese Cinemaに寄稿予定の内務省映画検閲についての英語論文を完成する。その際、内務省検閲の実態について、1925年から1938年に没するまで主任検閲官だった田島太郎を中心としてさらに調査を進める。この論文のための実例は、海外でも良く知られている『祇園の姉妹』について『溝口健二論』で行った分析の英語訳が中心となるが、作家論ではないため、松竹大谷図書館所蔵の溝口作品以外の検閲台本にも目を通し、現存する未ソフト化作品についてはフィルムセンターでの特別映写も行って、検閲の一般的方針を明らかにする。フィルムセンターで岡田秀則研究員らの連携を仰いで内務省時代の検閲台本を発掘し、『検閲時報』との照合、題名と検閲番号のリストアップ、内容の複写/筆写を行う。 9月からは新藤兼人と脚本文化を研究対象とするラウリ・キツニック氏が学振の奨学金を得て京都大学での共同研究者となるため、本年度終盤には脚本と検閲についてのミニシンポジウムを開催したい。
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