平成29年度の研究実績としては、日本文学協会第72回大会(平成29年11月19日 於相模女子大学)大会シンポジウム「「読み」の基底を問い直す」のパネラーとして、「正徹の幽玄」の発表を行ったことがその一つである。正徹はその歌論『正徹物語』の中で『幽玄』の語を繰り返し用いて、そう名付けられた和歌を、自作を含めて賞賛している。従来意味内容を規定することのみに主眼が置かれていた「幽玄」に対して、この語が持つ機能を重視することを提唱した。すなわち、幽玄が何を差しているかではなく、幽玄で何を言おうとしているかを示したのである。そしてそれは、風景は単純明快ながら、そこに存するはずの主体は錯綜して不明確であるという、彼の和歌創作方法と密接に関わっていることを論じた。それは「縁語的思考」と名付けられる方法と共通するもので、『百人一首』に典型的に見られ、その普及とともに、歌人たちに意識化されるようになったものでもある。錯綜した主体の不明確さは、創作過程の心境をそのまま詠作の方法としたからであり、それゆえ幽玄は多くの歌人たちの共感を得た、と結論づけた。また、「幽玄」について新たな視点から見直すことは、日本文学研究の基盤に存する問題点を析出することともなった。なおこの発表に関しては、平成29年度の実績ではないが、平成30年4月刊行の『日本文学』(通巻778号)掲載の「正徹の幽玄」の論文として刊行した。二つ目の実績としては、広島大学教育学部国語教育カフェにおいて行った「百人一首の世界――基俊の歌をめぐって――」と題する発表(平成29年7月15日、於広島大学教育学部西条キャンパス)である。『百人一首』の藤原基俊の歌「ちぎりおきし」の縁語表現をときほぐすことで、この哥を『百人一首』に選び入れた藤原定家の真意を明らかにするとともに、「縁語的思考」を軸とする定家の詠作方法との関わりを論じた。
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