(1)『紫式部日記本文資料集』(私家版・2018年2月27日発行)を作成した。この資料集は、『紫式部日記』の黒川本、松平本という代表的な写本二本と、『扶桑拾葉集』所収の『紫式部日記』(扶桑本)という代表的な版本を、対校したものである。従来の校本との違いは、字母レベルでの対校をおこなったところである。 (2)佐賀大学小城鍋島文庫所蔵の『大江千里集』二本の字母を採集、また伝寂蓮本の字母を採集、三本を比較した。これにより、字母レベルでの書承関係が明確になった。書承としては、伝寂蓮本→佐賀大小城鍋島文庫二本という系統図が描けることになった。 (3)三条西家本系統『源氏物語』「篝火」巻の諸本の字母を採集、比較した。これにより、三条西家本の諸本の関係がより明確になった。 以上の研究成果を得た。この研究成果から、(1)紫式部日記の黒川本、松平本は近い関係にあり、扶桑本とは距離があることが確認できた。ただし、黒川本はかなり手を加えられた本文であることが推測でき、松平本は、あるいは祖本を忠実に書写した可能性がなくはない。黒川本と松平本の関係については、今後、より研究をすすめていかなければならないことがわかった。(2)では、書写態度として「字母をそのまま写す」ということが、江戸時代初期にあることが確認できたことが、意義があろうと思われる。おそらく小城鍋島文庫本は、鍋島直能が伝寂蓮本を借り受け、その伝寂蓮本を字母レベルで写した本であることが推測できるが、おそらく歌学(歌の勉強)のためにおこなった営為と考えられる。(3)三条西家本系統は、日大本が特に知られているが、この本を軸として、その日大本を補訂した本や、校合に用いた本などが、「三条西家本系統」としてあることがわかった。特に日本大学本と宮内庁書陵部蔵宸翰本の関係は強く、字母レベルでの相似が著しいため、日本大学本→宸翰本という系統が考えられる。
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