本研究は三条西家本(三条西家旧蔵、現学習院大学蔵本)という貴重な知的財産を活用し、諸本研究の新たな道筋を示すことで『狭衣物語』研究に寄与することを目的としたものであった。そのために、三条西家本、学習院本「さころも」、伝中院通躬筆『狭衣物語』を対象に調査・研究を行った。 三条西家本は書誌調査、翻刻および校訂本文作成を行った。この校訂本文をもとに内容読解を精査し、三条西家本に特有の表現を中心として考察を進めることができた。先行研究において三条西家本は第三系統と分類され、四季本・宝玲本・文禄本と近接することが指摘されており、本研究においてもその特徴は確認できた。だが、これら三本と重ならない表現もあり、特に書写期である中世語の使用が確認できたことは大きな成果のひとつである。本文の特徴の指摘のみならず物語的意味を導き出す必要があると考え、校訂本文をもとに丁寧な注釈作業を行った。その成果は平成31年2月に書籍として刊行し世に問う予定である。 三条西家本固有の問題だけでなく、室町時代以降における『狭衣物語』の書写活動も広く見渡す必要があると考え、第三系統本文が加わっているとされる蓮空本(天理大学図書館蔵)、蓮空本を江戸期に書写したとされる四高本(金沢大学図書館蔵)、それを昭和期に写した学習院本「さころも」の三本の書誌調査および翻刻・異同調査を行った。同系統ではあるが三本の書写姿勢が異なることが明らかとなり、蓮空本・学習院本を底本とする古典文庫の修正が必要であるとの結論に達した。その成果として、巻一の補訂表を作成し発表した。 さらに、伝中院通躬筆『狭衣物語』は巻一の翻刻を終え、その成果を発表することができた。翻刻作業中に口頭発表も行い、書写者は中院通躬とは考えられないということを確認した。これは近世の写本であるが、版本と近似しつつも異なる表現を持つものであることが明らかとなった。
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