研究最終年度の2018年度においては、まず、昨年度から執筆中の「方法としての有島武郎―「小さき者へ」をめぐる東アジア知識人の知的共鳴と思想的連帯」(2)を完成し、有島武郎の「小さき者へ」が魯迅をはじめとする東アジアの知識人の間で広く受容されていただけではなく、1910年代から20年代にかけて巻き起こった朝鮮や中国、台湾といった東アジア地域における子供の発見とその解放に深い影響を及ぼしていたことを明らかにした。 次に、研究2年目の2016年度に行なったアメリカ留学時代の有島の体験を分析し直した。その結果、全3期に分けられる有島のアメリカ体験のうち、第2期「ニューイングランド時代:1904年9月~1905年6月)にあたるハーバード大学大学院時代の体験が、文学者有島にとって思想的転換点となっていたことを浮き彫りにした。その転換点とは、後に有島の思想と文学に重要な意味を与えることとなる社会主義とアナキズム、女性解放問題に接近したことである。これらの思想は有島文学を理解するにあたって最も重要なキーワードであるが、その調査と分析を行なうことができたことは本研究の最大の成果である。 本研究によって、「アジアの欠落」が指摘される有島が、魯迅をはじめとする東アジアの知識人たちと女性と子供と労働者を巡って問題意識を共有していた背景に、アメリカ留学時代に接近した社会主義とフェミニズム、アナキズムといった西欧思想が深くかかわっていたという新しい視点を提示することができた意義は大きいと思う。
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