本研究は、当初は2017年度までのところ、介護のため、最終年度を一年先延ばしにしたものである。ただし本年度にもさらなる介護が加わり、計画どおりに進んだとは言い難い。以下、実績の概要を示す。 本年度は、第一に、昨年度の研究計画のシフトチェンジに基づき、大岡昇平と時代を共にした三島由紀夫の女性誌連載小説について研究を進めた。具体的な成果としては、1954-55年に『婦人朝日』に連載された『女神』について、連載誌を調査・分析し、その小説テクストと同時代女性読者の関係性を明らかする小論を、『日本古書通信』2018年4月号に発表した。さらに同年8月には、本務校の研究会において、三島の『複雑な彼』と連載誌『週刊女性セブン』との関わりを解明する内容の口頭発表を行った。 第二に、大岡昇平の女性誌連載小説について、2016年度の学会発表に基づき、2019年3月に論文を発表した。1957年に『婦人公論』に連載された『雌花』についてである。本論文では、大岡が1953年以降、様々な女性誌に小説連載を試みる中で、特に1950年のベストセラー『武蔵野夫人』を継ぐ「姦通小説」と目されたこの『雌花』が、連載誌の磁場をどう受けとめていたか、また、女性読者にどのように表象したのかを明らかにした。加えて、本作品が、三島の『美徳のよろめき』が牽引した戦後の第二次姦通小説ブームの恩恵に浴していたことも指摘し、大岡と三島における女性読者獲得の様相の差異についても明確化した。 本年度までの研究全体を通じて、従来の研究では全く可視化されていなかった大岡昇平、そして三島由紀夫の、女性読者に向けた創作活動の一端を解明し、そうした研究の端緒を開くことができた。また、戦後の「文豪」達が精力的に女性雑誌メディアと交渉する様相を開拓的に発見できたことは、今後の戦後文学研究に新たな課題を提示した、という意味でも大きな意義を有すると言える。
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