研究課題/領域番号 |
15K02264
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研究機関 | 東海大学 |
研究代表者 |
堀 啓子 東海大学, 文学部, 教授 (60408052)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 尾崎紅葉 / 黒岩涙香 / バーサ・M・クレー / シャーロット・M・ブレム |
研究実績の概要 |
洋書の廉価版小説が最初に日本にもたらされたのは、明治も初期のことであった。薄利多売を目して、アメリカやイギリスで、安価で大量に出版されたものである。だが、そもそもがアメリカやイギリスの読者に読ませるために出版されたものであり、英書とはいえ、ほかのヨーロッパ諸国などで出版された作品の英訳も多く所収され、古今の名著が網羅されていたといっても過言ではない。単価が安かったこともあり、明治から大正にかけて日本にも大量に輸入され、外国文学に親しんだ多くの日本人が、手にしたものだった。 そうした日本の文士はこれらのラインナップから比較的無名作家の無名作品を手にし、翻訳や翻案の原案に用いた。だが著作権に関する意識もそれほど高くなかった時代である。原作を開示しないままに、自らのオリジナルの装いで上梓された作品も多く、その行為も問題視される時代ではなかった。そのため、日本の読者には知られた作品ながら、実は構想の原拠は外国の作品にあるという作品も多々存在したのである。 研究の二年目となる今年度は、申請者はまず当時のイギリスとアメリカで絶大な人気を博したCharlotte M. Brame 作のDora Thorneの翻訳を続けた。これは、昨年度からの引き続いて行っている研究の一部である。もともとこの原作は明治二十年代の初めに、末松謙澄が滞英中に現地で好評を博していた作品を購入し、帰朝時に持ち帰ってほぼリアルタイムで日本語に直し『谷間の姫百合』という邦題で上梓した作品である。おそらく日本にこの原作者の名が聞かれた嚆矢であり、その意味で謙澄の功績は大きいが、同時にこの『谷間の姫百合』は今日的観点から見れば〈翻訳〉とは言いきれない部分も多く、その意味で同時代の翻訳者翻案者の意識を調べるのに恰好の対象である。そのため申請者は、なるべく逐語訳に近い訳を心がけ、その比較を行っている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
申請者は平成二十八年度の研究目的と研究計画に照らし、おおむね順調に研究が進展していると認識している。この判断基準は、以下に挙げる三つの点に関する自己点検に拠るものとする。 第一に、上記の概要の項目でも言及したが、Charlotte M. Brame 作のDora Thorneの翻訳を続けた。この作品は、登場人物の三世代にわたる物語を綴った長編小説であるが、この作品の前半部分の翻訳が完了したことにより、謙澄の『谷間の姫百合』との比較を可能とした。 第二に、謙澄の『谷間の姫百合』は同時代において「人情小説の上乗 翻訳書中の模範」(『東京日日新聞』明治二十一年三月十日)と評されていたが、上記の比較検証に鑑みて当時の「模範」とされるべき「翻訳書」の意味を整理することが適った。すなわち原作にはない翻訳書自身による恣意性がどのように評価されていたかという同時代の受容の方向性が浮き彫りになった。 第三に、同じく廉価版洋書から数々の翻訳を行っていた黒岩涙香の作品のうち女子教育に焦点をあてた『小野小町論』に着目した。この評論自体は翻訳ではないが、涙香は廉価版洋書を通して知覚したと考えられる女性を教導する理念が色濃く反映されている。その特徴を明確化するために、まず涙香と同時代の教育者であった福澤諭吉の女子教育理念に注目した。福澤には、旧来の日本の女子教育のテキストとされていた『女大学』に関して論じ、さらに福澤自身の理念を反映させた『女大学評論・新女大学』という著書がある。これを涙香の『小野小町論』と比較することで、涙香の女子教育の理念を明らかにし、廉価版洋書小説に通底する女性の生き方を、翻訳小説を通して涙香がいかに日本女性に広めようとしていたかを検証した。
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今後の研究の推進方策 |
最終年度にあたる今後の研究の方向性としては、前年度までに収集した資料の整理と分析を並行して行うことになる。当時の文士たちは仮に何らかの原書を得て、その翻訳や翻案を発表したとしても、それをオリジナルの創作として発表することに必ずしもためらいを見せなかった。それは著作権問題に関する意識がまだ明確には確立されていなかった時代背景によるものである。そのため原著を擁した場合でも、それを「翻訳」と明言して居る場合と、「某作家の作品に負うところが大きい」といった表現で翻案もしくはそれに準じる作品であることをはしがきなどで明記している場合、そして全くふれていない場合との三つのパターンがある。また仮に何らかの原作があったとしても、その作品の一冊すべてを訳しているとは限らない。 たとえば徳田秋声は『光を追うて』(『徳田秋声全集』第十八巻 岩波書店 平成十二年)という自叙伝的小説のなかで、師匠である文壇の名士が「原書を一冊持つて来て、そのうちの数頁を毮(もぎ)取り」、「この短編の筋だけ取つて、成るたけ面白く日本風に翻案して見ないか」といって弟子に手渡した場面を描いている。徳田秋声は尾崎紅葉の愛弟子であり、多くの弟子の中でも四天王と言われるほど紅葉に近しい存在であった。そのため、この場面は明らかにじっさいの紅葉の言動をモデルにしていると考えられる。 そして、こうしたケースを反映したいわば細切れの作品などは翻訳文学史の記録上にはもちろん残されていないが、短編小説などに見いだされることがあり、尾崎紅葉がこうした手法を推奨し、自らも実践していた背景に鑑みると、彼が総帥を務めていた硯友社一派の作品の中にそうした例が多々認められると推測される。そのため、今後の研究は硯友社の特に紅葉と近しい友人や弟子の作品に絞って、廉価版洋書から着想を得たと思しき作品の限定に取り組みたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
当該年度に収集した資料のうち、その分析の一部は次年度に収集する資料との比較によって行うほうが有効と判断したためです。
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次年度使用額の使用計画 |
分析のために、別途収集する資料(主として古書で、希少本のため高額になる予想されるもの)購入に充てる予定です。
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