本研究は、近代文学の分野において、編集文献学という新たな研究分野の構築と確立をめざすものである。平成27年度は、明治期以降の個人全集の歴史的経緯を明らかにすることを主たる目的として、研究を進めるための文献の整備と資料の収集に努め、特に近代作家の本文として最も複雑な成り立ちをもつ中里介山「大菩薩峠」の刊本を、本文研究を行なう資料として収集した。 平成28年度は、前年度に引き続き、個人全集に関わる資料の収集と文献の整備にあたるとともに、特に近代文学の開拓者である坪内逍遥の著書の収集に力を注いだ。坪内逍遥には『逍遥選集』があるが、いまだ完備した個人全集をもたない。坪内逍遥の全集編纂の可能性を検討し、その著書を具体的に全集として編集する過程を実践することで、近代作家のテキスト・著書の多様な成り立ちを実践的に明らかにすることができると考えたからである。 最終年度の平成29年度には、坪内逍遥の本文研究、及び個人全集編纂の実践を課題としたが、最も大きな収穫は、最初の小説『当世書生気質』の初版にあたる十七分冊版(明治18-19年、晩青堂)の異版二種を収集し得たことである。表紙の意匠にも若干の違いがあるほか、本文の表記に相当大きな異同があり、近代文学の活字の本文成立の問題を具体的に明らかにする重要な資料である。 これらを通して、近代作家のテキスト・著書の多様な成り立ちを考察し、その本文編成の力学を明らかにしようとする本研究課題の一端は、達成することができたと考えている。そのうえで、今後の課題は、新たな『坪内逍遙全集』の構想と編集の実践で、逍遥の著書は翻訳や創作、評論、戯曲などジャンルにおいても多彩であり、また再版・再刊・改訂版など、刊行の形態も複雑なので、近代文学の本文研究と編集のありかたを具体的に明らかにするとともに、「編集文献学」の実践的試行には最もふさわしい対象であると考えている。
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