研究課題/領域番号 |
15K02292
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
阿部 公彦 東京大学, 人文社会系研究科, 准教授 (30242077)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 英文学 / アメリカ文学 / イギリス史 / アメリカ史 / 英語圏文学 / 敬語 / 配慮 / ポライトネス |
研究実績の概要 |
本研究は、他者に対する「敬意」や「丁寧さ」を示す表現が、英語圏・日本語文学の作品の中でどのように機能しているか、またそうした語りの装置を通して、テクストと読者の間にはどのような関係性が生ずるかを検討しようとするものである。語るという行為が読者や世界に対して何らかの働きかけを目指した一種の「行為」だという考えがその土台にはあるが、とくに、その「行為」が読者やときには登場人物に対する「配慮」を伴うきわめて人間関係的なものとして遂行されていることは注目に値する。本研究ではそのあたりの解明を目指した。 こうしたことからもわかるように、本研究の意義はその出発点がテクスト論や読書論にありながら、より広く言語論、さらには文化論へと広がる射程を持っていることである。テクストを読むという行為は、他者によって提示されたテクスト戦略や読み方をめぐる「コード」との出会いを示唆するのであり、だからこそ、そこにはきわめて人間関係的な「配慮」という概念がからんでくる。テクストを読むとは、「異文化」との邂逅をはらんだ行為なのである。これまでみたこともない読みの体系をどのように消化し理解するかという点で、そこではつねに知の柔軟さが試されている。 平成27年度の成果としては『善意と悪意の英文学史 ― 語り手は読者をどのように愛してきたか』(東京大学出版会)という書物として、英文学史上にあらわれた「配慮」の痕跡を、いくつかのキャノニカルな作品を例に確認したことがあげられる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
上述したように、平成27年度の大きな収穫としては、『善意と悪意の英文学史 ― 語り手は読者をどのように愛してきたか』(東京大学出版会)の中で、英語圏の作家を中心に丁寧さや配慮の表れを記述したことがあげられる。とりあげたのは、ウィリアム・シェイクスピア、ジェーン・オースティン、ルイス・キャロル、D・H・ロレンス、ナサニエル・ホーソーン、ウィリアム・フォークナーといった作家や詩人たちで、彼らの作品を見渡しながら、18世紀から19世紀、さらには20世紀にかけて、文学作品に特徴的に見られる態度が善意や共感の表明から、理解しがたいものの無意識的な表出、読者との隔絶感などに変化していったことを確認した。 語り手と読者との関係の変化はかなり劇的なものだが、実際には、たとえば敬語という概念についても「マイナス敬語」という考え方があることからもわかるように、配慮にも必ずしも善意ばかりが伴うとは限らない。むしろ無愛想や嫌悪感や悪意を基軸に置くことで何らかのメッセージを伝えたり、文化装置として機能するということもありうる。本研究ではそうした情緒的な側面まで視野に入れながら研究を進めてきた。
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今後の研究の推進方策 |
平成28年度も引き続き丁寧や配慮の概念を拡大的にとらえることで語りについての研究を進める計画である。その際に重要なのは、語りというものがそもそも善意のエネルギーによって駆動されうるという大前提をあらためて確認することである。一般的なコミュニケーション理論では、メッセージのやり取りに関して、情報がいかに効率的に伝えられているかという側面から検討されることが多かったので、そこにどのように情緒的な要素がからんでくるかを確認することはきわめて重要である。とりわけ、利他的な善意や愛情が語りのベースにあるということは、一見、あまりに素朴に見える要素だけに、見落とされがちであった。この点を踏まえた上で、あらためて善意や愛情と不即不離の、冷淡さや無愛想や悪意といった要素についても精密に検討することができれば、テクスト受容のメカニズムについて、従来見られなかった観点からの分析が可能になるだけでなく、異文化との遭遇の場において何が起きているのかといったことに関しての考察も進めることができるし、さらには近年インターネット環境の拡張に伴ってこれまで以上に問題となりつつある誹謗中傷やヘイトスピーチなどの問題についても検討することができるだろう。
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次年度使用額が生じた理由 |
平成27年の研究はおおむね計画通りに順調に進められたが、『幼さという戦略』という書物の刊行が想定よりも早まったことと関連して、言語学的な視点から進められる予定だった配慮についての研究を、平成28年に順延することとなった。そのため、平成27年使用予定の額の一部を平成28年にまわすことにした。
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次年度使用額の使用計画 |
平成27年に使用予定だった額のうち、ポライトネスや配慮についての図書費用として計上した9万円ほどを、平成28年にポライトネスや配慮についての図書費用として使用する計画である。
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