研究課題/領域番号 |
15K02292
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
阿部 公彦 東京大学, 大学院人文社会系研究科(文学部), 准教授 (30242077)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | イギリス小説 / ポライトネス / 配慮 / 開放性 |
研究実績の概要 |
本年度は、ポライトネスと「言いよどみ」や「開放性」の問題についての研究を進めることができた。前者についてはさまざまな隠蔽がむしろ相手に対する「配慮」につながるという視点も加えることで、たとえばシェイクスピアの『ソネット集』における語り手と聞き手の関係についての考察を深めることができた。 後者についてはジョージ・エリオットの作品におけるシンパシーの問題と結びつけることで、語り手がどのように登場人物に感情移入したり、その内面について踏みこんだ語りを行ったりするか、という点の考察を進めるとともに、こうした関係性にどの程度、読者も巻きこまれるかも検討した。またジョージ・エリオットについての考察を延長・拡大する形で、エリザベス・ギャスケルの作品を俎上にあげ分析を行った。ギャスケルの作品については、たとえば『クランフォード』を俎上にあげてポライトネスについて考えることが一般的とは思われるが、本研究ではあえて『メアリー・バートン』をとりあげることで、ポライトネス研究の奥行きを示したつもりである。 研究の成果については日本ギャスケル協会における招待講演「小説家の礼儀作法」において、登場人物の導入に際して、語り手の側にどのような「配慮」が働いているか、という観点から検討している。またエリオットについても、豊田昌倫・堀正広・今林修編『英語のスタイル』〈研究社、2017〉)に「文体に注意を払って読むとは?」という論考を寄稿し、発表することができた。こちらはエリオットの長文が、長文でありながら比較的スムーズに読者の頭に入ってくる点に注目し、「開放性」とシンパシーという観点から論じている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度の研究はおおむね順調に進展した。夏から秋口にかけて当初予定していた以上に、国際シンポジウム「日本という壁」の準備に時間がとられたため、やや遅滞も予想されたが、さいわいなことに「日本という壁」の準備にむけて自ら行った研究が、実際には本研究とも重なる部分が大きかったため、それほどの遅滞とはならずにすんだ。 その研究とは、入試問題における設問の設定をきっかけに、そもそも国語や英語の入試では、一種の異文化との遭遇のモデルが基礎になって問いが立てられているとの仮説を立てたものである。この分析の材料としては実際の入試問題のほか、多和田葉子氏の『容疑者の夜行列車』『雲をつかむ話』などの作品もとりあげ、作品冒頭部で語り手が読者と出会う際の構造が、18世紀から19世紀にかけての近代的な移動手段の進展に伴う「他者」との遭遇を彷彿とさせるような形になっていることをあらためてあかるみにし、そもそも近代小説や入試問題には、類似したパラダイムが読み取れることを指摘したのである。
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今後の研究の推進方策 |
研究はおおむね順調に推移しているので当初の計画通り進めていこうと思っている。今後は二つの柱をとくに意識することになる。一つは近代から現代にかけての文学作品の冒頭部にとくに注目し、そこに発生する「遭遇性」を分析対象とするものである。作品冒頭においては、作者と読み手、語り手と聞き手、語り手と登場人物といったさまざまな関係性が形成されると同時に、そこでどのような約束事が必要とされるかが明るみになる。こうしたコードはどのようにして読み取られるのか、そこにはどのような普遍的な規則があるのか、といったことを考察する。 もう一つの柱は、以前から研究者が注目していた「聞き取り」との関係である。従来、英語教育では「リスニング能力」は比較的軽視される傾向があった。教室での英語教育がオーラル重視となった今も、漠然と「会話」という理念がかかげられているものの、「聞き取り」のもつ本質的な要素への切り込みはまだまだ十分とはいえない。本研究の二つめの柱として、今後はこの「聞き取り」問題についての考察を進め、それが異文化理解や小説的読解とどのように関係していくかを明らかにするのが大きな課題となる。
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次年度使用額が生じた理由 |
PCの容量が一杯になったため購入を予定していたが、当該年度については旧機で何とかまかなえたため、次年度に購入をまわした。
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次年度使用額の使用計画 |
前年度に購入を計画したPCを購入する予定である。
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