研究課題/領域番号 |
15K02292
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
阿部 公彦 東京大学, 大学院人文社会系研究科(文学部), 教授 (30242077)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | ポライトネス / 文学 / 言語運用 / コミュニケーション / 語り手 / 共感 / 読解 |
研究実績の概要 |
本年度も、ポライトネスと「誤読」や「遭遇」の問題についての研究をつづけた。前者については口頭表現に近い形の文章表現の中でもさまざまな配慮が働き、<語り手と聞き手><書き手と読み手>といったペアが共同で言説理解の作業を成就していく仕組みについての考察を進めることができた。その際の参考として、CEERの土台となっているコミュニカティブ・アプローチのモデルをも批判的に検討している。 筆者が上記アプローチに関連して問題にしたのは、口頭表現の「流麗さ」の過度な強調である。ポライトネスという視点を入れれば一目瞭然なのは、「立て板に水」の語りが決して戦略的に有効であるとは限らないということである。こうした規準や指標が言語運用能力の判断に際して安易に用いられるのは、書かれた文章に比べ、口頭の発話に関する検討が未熟であり、直感的な判断や文化的な背景に縛られた思い込みに依存せざるをえないことが一つの要因として考えられるが、もうひとつはきわめて政治的な要因として「ネイティブ・スピーカー第一主義」があることも忘れてはならないだろう。 こうした問題も視野に入れながら、筆者は文学作品に関しては谷崎潤一郎や今村夏子の諸作品のほか、とくに夏目漱石の『明暗』を俎上にあげ、明治大正期の言文一致体におけるポライトネスの機能について分析した。英文学の領域ではジェイン・オースティンにおける「のぞき」に注目することで言説の間接的な受容にも光をあてた。エミリー・ブロンテの『嵐が丘』についても、いわゆる「インポライトネス」という観点をあてはじめている。 研究の成果については夏目漱石についてはNHKのEテレビで放送された「100分de名著 夏目漱石スペシャル」(全4回)で一般向けに公表することができた。その他、各地での講演を通して、日本語英語の比較を行いながらポライトネスに注目するという方法をとってきた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度の研究はおおむね順調に進展した。本年度も英語教育をめぐる議論に時間をさくことになったが、むしろ英語教育関係者との議論を通して、言語運用についての考察をすすめるヒントを得た。そもそもコミュニケーションとは何かといったことについては今後英語教育関係者、国語教育関係者と文学研究者の間のより緊密な連携がとられることがのぞましいし、教育方法の洗練のためには必要である。 国語にせよ英語にせよ、読解力の重要さはいくら強調してもしたりない。筆者がとりくんできたオースティン、ブロンテ、谷崎、漱石といった作家の文体の分析を通して見えてきたのは、人間の心を説明したり理解したりするプロセスの中で、いかに複雑なメカニズムが働いているかということである。このところの一連の入試騒動を通して「そもそも発話とは何か」「言語表現とは何か」といった問いに光があたったことにはとても意味があったと思われる。
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今後の研究の推進方策 |
研究はおおむね順調に推移している。本研究の最終年度にあたって留意したいのは、当初の計画通り、二つの柱である。すなわち、近代から現代にかけての文学作品に内在する「遭遇性」の問題と、作者と読み手、語り手と聞き手、語り手と登場人物といったさまざまな関係性の中で形成される「ポライトネス」の問題である。 約束事が何もない環境の中で、人はどのように「約束」を形成するのか。そうやって形成されたコードはどのようにして読み取られるのか。そこにはどのような普遍的な規則があるのか。今後も考察をつづけるとともに、成果公表もこころがける予定である。 なお、本年度、もう少し注力したいと思っているのは、「注意」の問題である。具体的には「言葉を聞く」とはどういうことかに焦点をしぼり、たとえば語学教育におけるいわゆる「リスニング」の練習から、より哲学的な「聞く」とは何か?という問題に至るまで、広範な領域で注意力の問題について資料を収集するとともに研究を進める予定である。語学教育の現場でも聴解能力には十分な注意が払われていないのが現状である。漠然と「英語しゃべりたい」という理念がかかげられる中、ほんとうに行われるべきは何かといった現実的な課題とも接続しうる視点がここには内在している。
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次年度使用額が生じた理由 |
本年度、次年度使用が必要になったのは、関連資料の選定がやや遅れたことが関係している。これは収集したデータのまとめにやや手間取ったことが原因である。この点については本年度、さっそく遅れを取り戻すべく作業をつづけている。他の点については概ね順調に進んでいる。
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