2020年度は、とくに「聞く」という行為に焦点をしぼってコミュニケーションとポライトネスの問題について研究を進めた。 対人的な距離調節の機能を果たすポライトネスについては、とかく情報発信、とくに発話という側面から注目されることが多い。これは行動を起こす際に、まずは能動的な発話がきっかけになることが多いからだと考えられるが、実際にコミュニケーションが進行する際に重要になるのは、発信された情報や発話をどのように聞き、受け止めるかという点でもある。 たとえば相手の言葉を受け入める場合も、すべてを理解することが相手との安定的な関係につながるとも限らない。むしろ、一部を理解を越えたものとして「わからないまま終わる」という受け止め方も可能である。受け止めの不可能を通し相手の他者性そのものを尊重するという「聞き方」もありうるということである。 こうした「聞き方」の機微をめぐって筆者は調査を進め、その一部は『理想のリスニング ― 「人間的モヤモヤ」を聞きとる英語の世界』(東京大学出版会)にも組み込んで発表した。本書は啓蒙書とはいえ、ポライトネス研究の成果もおおいに組み入れたものであり、とくに第7章では文学作品にあらわれた「聞く」という行為を分析することで、上記で触れた他者性に対する態度表明の理解につなげている。 本年度の研究では最終的に、文学作品の中でこうした聞く行為とポライトネスとの密接なつながりがどのような表現を得ているかを確認することができた。それはやや間接的な形でではあるが、「森鴎外と事務能力」という論考の中にも組み入れた論点である。
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