研究課題/領域番号 |
15K02301
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
小口 一郎 大阪大学, 言語文化研究科(研究院), 准教授 (70205368)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | エコクリティシズム / 環境批評 / 物質的環境 / 他者 / ロマン主義 / William Wordsworth / John Horne Tooke / 言語理論 |
研究実績の概要 |
27年度の研究実績は、環境批評理論の精査、環境批評理論の前期ロマン主義テクストの解析への応用、およびそれらを踏まえたうえでのロマン主義テクストの分析の3点である。 環境批評理論の研究においては、Steven Vogelが提起した自然の哲学的解釈の4類型を概念的枠組みとし、そこにKate Rigbyの物質的自然と芸術的創作の関連についての理論的考察、およびSerenella IovinoとSerpil Oppermannの「物質的環境批評」の議論を組み合わせ、物質的環境を表象されえない「他者」として認識する認知構造の定式化をおこなった。さらにTimothy Mortonの「自然なきエコロジー」の概念も一部参考にしながら、この理論的な考察により、物質的環境を言語表象の「陰画」として読み取る読解法を確立した。そしてこの読解戦略に基づき、18世紀後半の前ロマン主義時代のテクストと、ロマン主義初期のテクストを分析した。 まず、前ロマン主義の言語観に、人間の経験を物質に還元して考える傾向があることを読み取り、この観点から前ロマン主義の言語理論家John Horne Tookeの言語理論の中に、物質的環境と言語表象を架橋する思想的営為があることを明らかにした。これにより、18世紀後半の文化・思想状況には、物質的環境を認知する現代的な環境思想の萌芽があることを論ずることができた。そしてこの思想状況を前提に、ロマン主義初期のWilliam Wordsworthのテクストを分析し、言語表象からこぼれ落ちる亀裂的瞬間に物質としての環境が、人間の命運や文化的領域に関与せず、それ自身の法則性や「掟」に基づいて運行する「無慈悲な自然」(indifferent nature)を読み取るテクスト解釈的研究をおこなった。 これらの研究成果を、主に論文、書籍、書評の形で発表した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初計画のうち、理論的考察についてはほぼ計画通り推移し、想定していた成果を上げることができた。研究実施計画で予定していた現代環境理論の考察のうち、主要なものについて精査し、解釈の枠組みとしてまとめることができている。Allan Bewellの提起した政治性とエコロジーの問題、Laurence Buellのアメリカ文学テクストに基づいた考察に関しては、十分咀嚼できたとは言えないものの、他の面では満足できる理論的素地を構築できたものと評価している。 前ロマン主義およびロマン主義のテクスト解釈においては、研究を進める中、初年度の段階では言語論のあり方を再考しておくことが必要と判断し、当初計画に変更を加えることとなった。これにより、計画していた風景描写テクストと自然神学の解釈は28年度もしくは29年度に実施することとした。 計画では前ロマン主義を中心にテクスト読解を進める予定であった。しかし、テクストの検討を進める中で、ロマン主義初期のWordsworthのテクストが分析対象として非常に意義が深いことが判明し、初年度の段階でロマン主義テクストの解釈を提起し、学界からの反応や評価も参考にしながら、その後の研究の進展に生かすこととした。 このように、研究主題を扱う時期は計画から前後したものの、今後の研究にはむしろ好影響を与えるものであり、さらに実際に得られた研究成果の内実は、当初予定していたものに劣らない量と質であったことから、計画はほぼ適切に進捗していると評価した。
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今後の研究の推進方策 |
本年度の研究成果を受け、28年度と29年度は以下のように研究を進捗させていく予定である。 28年度は、27年度の理論的枠組みをより広い範囲のロマン主義テクストに適用し、物質的環境とテクスト表象上の「他者」の問題をさらに考究する。その際、18世紀末から19世紀初期のアメリカの動向にも目を配り、イギリスのユートピア思想の影響を受けたアメリカ・ロマン主義のテクストも解釈の枠内に入れ、物質的環境概念の普遍化を図っていきたい。アメリカのテクストを対象に構築されたBuellやScott Slovikの環境批評理論を取り入れることも重要な目標となると思われる。また、27年度では積み残しとなった前ロマン主義の風景表象の問題も並行して研究し、歴史的文脈の中でのロマン主義の環境認識をより鮮明に位置付けるつもりである。 29年度は、物質の行為者性という、物質的環境批評が提起した概念を本格的に取り上げ、ロマン主義におけるその発現を精査した上で、近代の環境破壊がもたらすその行為者性の破壊と喪失をJohn Clareの作品の中に考察したいと考えている。また、29年度は研究の総括と結論付けも行う予定である。27年度の段階で、ある程度考察を進めた物質的言語理論を再度取り上げ、風景描写とその他者的陰画という現象とともに、William GodwinやWilliam Hazlittなどの当時の文法家が展開した、経験論的言語理論の中に、物質的環境に関するロマン主義の思想と感受性の理論形成の一つの着地点を見出したいと構想している。 物質的環境の問題は、理論形成も解釈的研究もまだ発展途上の分野であり、ともすれば議論も拡散しがちであるが、上記のような研究方針によって、理論化と具体的な解釈研究をある程度実現できるものと考えている。
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次年度使用額が生じた理由 |
27年度の研究実績は当初計画から若干変更されているが、そのうち経費の面から最も大きな変更は、前ロマン主義の風景描写を詳しく調べる予定を変更し、ロマン主義の言語理論についての研究を先行しておこなうことになったことである。前ロマン主義の風景描写については、相当分の資料の購入と国内の複数回の資料調査が必要となるが、ロマン主義言語理論の研究については、すでに研究代表者の大学にある程度の資料的蓄積があること、及び資料調査が1回で済むことなどから、実際には必要となる経費が少なくて済んだという事情がある。
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次年度使用額の使用計画 |
27年度に積み残した前ロマン主義の研究を、28年度に実現させていく必要から、当初計画で予定していた予算に加え、新たに20万円ほどが必要となると見込んでいる。 具体的には、前ロマン主義の韻文作品のうち、比較的最近になって学術的に信頼できる校訂版が出版されたものを購入すること、この分野に関連する最近の研究書数点を購入すること、そして、東京大学及び早稲田大学に出張し、資料調査をすることを計画している。 これらを総合すると、20万円をやや超える金額が、当初予算に加えて余計に必要になると考えられ、次年度使用額をこうした研究活動に使っていくことを構想している。
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