研究課題/領域番号 |
15K02301
|
研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
小口 一郎 大阪大学, 言語文化研究科(言語文化専攻), 准教授 (70205368)
|
研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
|
キーワード | エコクリティシズム / 物質 / ポスト・ネイチャー / ポスト・ヒューマン / 環境 / 他者 / ロマン主義 / 英米文学 |
研究実績の概要 |
28年度は、27年度の研究で考察した環境批評理論と、新たに対象としたScott Slovicの議論に立脚しながら、イギリス・ロマン主義の文学・思想テクストを中心に、物質的自然と「他者」の問題を追求した。またイギリスの影響を受けたアメリカの環境テクストにも考察の対象を広げ、研究の普遍化をはかった。 具体的には、27年度に端緒をつけたW. Wordsworthの他者としての「無慈悲な自然」の研究を、ワーズワスの代表的自伝テクスト全般に対象を拡大し、さらに、その観点からアメリカのH. D. Thoreauの自伝的テクストを分析した。結果としてワーズワスにおいて、緑の自然美の亀裂から出現する無限空間として認識された他者的自然が、ソローでは、より明確な形態と具体的な物質性を備えた「原野」的空間との邂逅として出現していることがわかった。後者は、原初の天地創造の行為を今に残す「人の手の入っていない地球」であり、一見したところ「人間」とは断絶した他者である。しかしこの他者性は、焼畑による焦土、石化した植物、野生動物の食肉などの物質的イメージを媒介に、環境と人間にマテリアルな接点を提起するものでもあった。このようにソロー、そしてワーズワスには、伝統的自然の対極にある他者的自然=「ポスト・ネイチャー」と、ポスト・ネイチャーから人間を再定義する「ポスト・ヒューマニティー」につながる現代的意義があることが判明した。 さらに28年度は現代アメリカのA. Leopoldoの環境思想を、ワーズワス=ソローの枠組みに位置付けることで、さらに27年度からの課題であった18世紀の風景描写の問題をA. Pope、J. Thomsonらの重商的海外拡張主義のテクストとその背後にある自然神学の形而上学に読み取ることで、ロマン主義の環境思想を取り巻く通時的コンテクストをより拡張した形で考究することができた。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
研究の進捗自体は、若干の変更や前後はあるものの、ほぼ計画通りに進んでいると言える。ただし、論文、著書、口頭発表など、具体的な研究発表については当初の計画に比較して数的達成の観点からやや遅れが生じていることは否めない。29年度の研究実施、およびそれ以降の研究発表において遅れを取り戻すべく努力する必要がある。 環境批評理論については、過去2年間の研究によっておおむね必要な全体像を把握し、方法論を抽出することができている。K. Rigbyの環境における他者論を理論的な収斂点と設定し、A. Bewellら80年代以来の理論形成と、L. BuellやT. Mortonなどのより近年の環境理論から、S. IovinoとS. Oppermannによる物質的環境批評、そして環境批評の第4の波を定義したSlovicまでを概括する観点を持てたことは成果であったと言える。 文化テクストの分析の面でも、前期ロマン主義の風景と商業主義・帝国主義的拡張、ワーズワスを中心とするロマン主義の環境的感性、J. H. Tookeなどロマン主義時代の物質論的言語観、ソローやレオポルドなどのアメリカの環境思想の流れへの架橋などの複合的な課題に、他者性や物質性という統合的な観点から一貫した解釈を与え、「無慈悲な自然」「露岩地形」「焼畑焦土」「非人間的原野」「実詞言語」など、作家や思想家たちが実際に使ったことばやイメージに基づいた概念に立脚しつつ、全体像を整理して提示しつつあることは2年間の成果としては一定の評価ができるであろう。 ただしすでに述べたように、出版物や口頭発表の面では限られた回数しか研究発表に結実してこなかったことは否めない。研究3年目の29年度、そしてそれ以降はこの点で改善をはかり、研究成果をより広く学会および社会と共有していくことを試みたい。
|
今後の研究の推進方策 |
29年度は、物質の「行為者性」という、物質的環境批評のもう一つの核心的な概念を取り上げる予定である。イオヴィーノとオッパーマンらの最新の知見を、行為の中でたちあらわれる自然を批判哲学の観点から論じてきたS. Vogelの考察に関係づけることで、より理解しやすい形で理論的整理を行い、その後、イギリス・ロマン主義の環境テクストと、その影響を受けて成立した19世紀アメリカの環境文学・環境思想にこの概念の展開を確認し精査したい。イギリス側では新たにJ. Clareを対象に含め、環境破壊がもたらす行為者性の破壊と喪失を、ワーズワスらとともにクレアの環境詩の中にも探りたい。また28年度に部分的に取り上げたアルド・レオポルドのネイチャーライティングと環境倫理についても、同じ枠組みで論じる予定である。 これらの研究手順を踏んだ後に、3年間の研究のまとめと総括を行う。その際に、27年度に考察を進めていたロマン主義の物質的言語理論に再度立ち返り、言語記号を物質に近づけようと試みた経験論的言語理論家や文法家の思想的枠組みの中に、物質的環境、物質の行為者性、ロマン主義的精神の自己生成やロマン主義的言語理論などの要素を包括する思想空間を見出し、本研究の結論的な考察を行いたいと考えている。
|
次年度使用額が生じた理由 |
当初研究発表を複数予定していたが、事情によりそのうちのいくつかをキャンセルしたことで、142000円の次年度使用額が生じた。 本来ならば、研究発表用の旅費がさらに1件ほど生じ、加えて英語論文執筆の際のネイティブスピカーによる校閲料金が10000語から12000語分程度多く生じたはずであった。おおよそそれらに相当する額が次年度使用額となる。
|
次年度使用額の使用計画 |
通常の研究活動にともなう書籍、消耗品の購入、調査旅費、研究発表旅費、論文執筆用英語校閲費に加え、28年度の積み残し分の研究発表旅費及び論文執筆用英語校閲費を加算し、これにより差額を加えた予算を消化し、研究を完遂する予定である。
|