H29年度は、H. マーティノウが1820年代後半から1830年代初めにかけて発表した青少年向きのフィクション作品を分析した。 Principle and Practice(1827)の分析では、ユニテリアン派における知的な伝統の影響を浮かび上がらせた。ユニテリアン派の理性重視の傾向は、18世紀後半の子供向けの作品にもみられ、本作品はこの伝統に基づいていることを、ユニテリアン派の作家/教育家のJohn Aikin ・Anna Barbauld兄妹による子供向けの物語集、Evenings at Homeとの比較を通じて検証した。マーティノウが伝統を受け継ぎ、人格形成という観点から心を描くという共通点をもちつつ、19世紀初頭の福音主義の高まりやDavid Hartleyの道徳哲学の影響を受け、新たな強調点を加えたメッセージを発信していることを明らかにした。 次に、Five Years of Youth(1831)の分析では、同作品とほぼ同時期にマーティノウがユニテリアン派の機関紙Monthly Repositoryに発表したHarleyの観念連合説にもとづく心のメカニズムに関するエッセイとの比較を通じて、本作品の心の描き方の特質を明らかにした。同作品は若い時期に感情や想像力を正しく制御することの重要性を説いているが、この教訓は物語そのものだけでは理解しがたい。教訓の背後にある心のメカニズムについての考え方が可視化されていないためである。Monthly Repositoryのエッセイはこれを補い、マーティノウの意図を明確化することに役立つことを明らかにした。一方、オースティンのSense and Sensibilityとの類似性も指摘される本作品は、前者と異なり、具体的・現実的な核を持たない心の不安や闇を描いている点において、心の問題の新たな側面を描いていることも明らかにした。
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