本研究はJ.R.R. トールキンの作品世界、主に『指輪物語』における「先史観」に焦点を当てる試みであるが、トールキンの場合「先史観」はとりもなおさず「先史言語観」である。『指輪物語』の中つ国における言語世界は、トールキンのブリテン島における言語世界観を反映したものであり、ブリテン島における基層言語ケルト語(British)と更に深層に位置するインド=ヨーロッパ語との関係に関するトールキンの見解が、作品における「先史言語観」と結びつくものとなる。 『指輪物語』の言語世界理解の最も重要なカギとなるのは、‘English and Welsh’という、『指輪物語』出版直後に行われたレクチャー/エッセイであるため、英オックスフォード大学ボドリアン図書館に収蔵されている‘English and Welsh’の未刊手稿原稿調査を続けてきた。その成果は、この‘English and Welsh’のextended editionの出版プロポーザルがTolkien Estateから正式に認められ、それを受けてトールキンオリジナル作品の出版を一手に担うHarperCollins社との出版契約という形で実を結んだ。 また米国マーケット大学に所蔵される『指輪物語』の草稿調査に基づき、Dunlendish(『指輪物語』世界における「先史」を表象するマイノリティ言語・マイノリティ種族)に投影された、トールキンのブリテン島の古層言語・先史観の一端をを浮かび上がらせることが出来たと考えるので、この成果も‘English and Welsh’のextended editionに含める予定である。
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